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ジャン=ポール・サルトルとは

こんにちは、国武りんです。
今回は「ジャン=ポール・サルトル」という人物についてお話ししていきます、ノーベル賞とかアナーキズムとかラグジュアリーに関わってくることですので、知ってて損はないかなあと思います、ではいきましょう!


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では本題です
早速ジャン=ポール・サルトルとは、フランスのパリ16区生まれの哲学者・小説家・劇作家です。学派は大陸哲学、実存主義、アナキズム、西欧マルクス主義等々。

3歳のとき右目をほぼ失明し、強度の斜視として生活を送ることになった彼は、左目にのみ頼りながら学問追及をしたそうです。それまで読み書きに使っていた左目さえも、1973年には失明することとなります。

そんな彼は、ノーベル賞を自ら拒否した最初の人物として知られています。

なぜ拒否したのだろう。

彼はこれまでノーベル賞のみならず数々の賞を辞退してきました。
それはパフォーマンスでもなければ衝動的に行ったわけでもない、自身の信念・考え方に基づいた行動だと、本人は主張しています。

辞退する理由は2つ
1「ある作家が政治的、社会的、もしくは文学的な立場を採用した場合、作家は自分自身が持つ手段である言葉を書くことによってのみ行動しなくてはいけません。その作家が受けた名誉は、彼の読者に望ましくない圧力をかけることになるのです。"ジャン=ポール・サルトル"と署名することと、"ノーベル賞受賞者ジャン=ポール・サルトル"と署名することとは、同じことではないのです」
2「社会主義の立場で文筆活動を行っている自分は、「東側と西側、それぞれの文化の平和的な共存」が実現することを望んでいます。そのためには、自分はどちらの側の団体からも独立した状態でいる必要を感じているのです。したがって、例えば誰かが私にレーニン賞を与えてくれるとしても、私はそれを受けることはできません。」

(参考記事:サルトルはなぜノーベル文化賞を辞退したのか?⤵︎)


そんな彼であるが、なぜ今回彼を軸にした記事を書こうとしたのか。
その理由は、彼が好んだ主題にあります。

今、僕は名著「ラグジュアリー戦略」を読んでいます↓

ラグジュアリー戦略―真のラグジュアリーブランドをいかに構築しマネジメントするか


その中で出てきた内容として、Globalizationによる「選択肢の増大」「可能性という名の広大な原野」が出てきます。

メディア(特にテレビ)の発展と海外旅行の増加により、我々は多くの文化や生活様式がこの世にはあることを知りました。
雑誌を通じてセレブにあったり、彼ら(彼女ら)と同じような高級な暮らしをすることができます。

そんな現代では、自分にあった生活というものを、多種多様な選択肢の中から自ら選ぶことが求められますが、多すぎる選択肢というのは「選択の不安」という重りとなって人々にのしかかり、それは結局のところ選択の自由と言いつつ自由から遠ざかっています。そして、コロナ禍の日本がそうであるように、決定権を人任せにすることを好み、それによって自由意志を放棄しているという現状があると言えるでしょう。

ジャン=ポール・サルトルはまさにこの「選択の不安」という主題を大変好んでいたらしいです。

選択の不安はこれからますますひどくなっていくでしょう。
それは、国際化とは一線を画す「Globalization」と「共同体の崩壊」「個人主義」が原因と見ています。

特に日本では「個の時代」と言われて久しいですが、これほど人間が生きるために不合理な時代はないと思っています。いつだって、特に日本では、群れで生きてきて、足りないものは「お裾分け」文化で助け合ってきた歴史があります。個で生きれるわけがなく、それは人間を死に追いやることぐらいはアメリカの若者の間で自殺やうつ病が蔓延している現象からも容易に読み解けるでしょう。

僕らはどう生きるべきなのか。
自由とは何なのか。

科学が進歩したように思えるが、これがイリュージョンなのだろうか。
人智は一歩ずつ前を歩いているかのように思えるが、本当の意味で豊かになっているのだろうか。

今一度、考えるべきことではないのかなあと思いました。

ということで今回は「ジャン=ポール・サルトルって誰!?」というテーマでお話しさせていただきました。ではまた!!

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