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職場の受動喫煙防止対策の実際

今じゃあり得ないオフィスの光景として、真っ先に挙げられるものといえば「個々のデスクの上に灰皿が置いてある」ということではないだろうか。おじさんたちはみんなタバコ片手に事務所の中をウロウロと動き回っていたし、会議ともなれば部屋中にもうもうたる白煙が立ち込め窓を開けなければ咳込むほどだった。

タバコの害についてはそれなりに認知されていたものの、受動喫煙という概念はほとんど無視されていた時代である。コロナ蔓延でちょっと薄れてしまった感はあるけれど、2020年4月の健康増進法改正により受動喫煙の防止対策については罰則規定付きの厳しいものとなった。タバコを吸わない人にとってはいい時代の流れだ。

でも、「うちはちゃんと喫煙室を作ってるからいいだろう」と社長さんが胸を張ったとしても、茶色いヤニ汚れが広がっていたり廊下にタバコの臭いが漏れ出してしまうような喫煙所では意味がない。そうしたところをチェックして改善策を見出したり、多少なりとも受動喫煙のリスクが減る加熱式タバコ専用への切換え支援をするのが僕らの仕事なんだけど……今年はこのコロナ禍ですべての調査予定がキャンセル。屋外開放型ならともかく、建物内の喫煙所は「密集密閉密接」と典型的な三密状態だから閉鎖してしまったところも多いからね。正直、こちらとしてもそういうところで長い時間作業するのはちょっとコワい。

受動喫煙防止対策の作業の流れ

「うちの喫煙所、臭いっていうクレームが多いんですよ」

総務や労働安全管理セクションの人からそんな電話やメールが入って来る。かつて厚労省業務を行っていた時には、こうした連絡が来ると《浮遊粉じん計》と《風速計》を貸し出していた。無料貸出だけど、ようは「自分たちで測ってなんとかしな」ということ。もちろん喫煙所の新設や改修には国から助成金が出るので、その準備作業という意味合いもある。

こうした改修を請け負うリフォーム業者が無料貸出を利用して機械を使うことも少なくなく、仕事で使う道具くらい自分たちで買えよ!と思う。こういう業者は口先だけのことが多いので、リフォーム詐欺とか助成金詐欺とかに遭わないよう十分気を付けなければいけない。

じゃぁ今の僕らはどうするかというと…

でかいバッグに《浮遊粉じん計》と《気流計》《臭気計》そして温度や湿度、さらには一酸化炭素や二酸化炭素を測定する機械を入れ、その会社まで出向いていくのだ。もちろん国民の血税を使わせていただくわけではないので、測定調査にかかるお金は頂戴する。それなりの時間をかけて実地測定と聞き取り調査、改善案の模索などを行い、後日調査データと概況説明などを送付して5万円(関東の場合。遠方は別途旅費交通費発生)。正直なところ、とってもリーズナブルだと思う。この先寒くなって換気も難しくなる季節。ぜひ一度、自社の喫煙環境を調査し見直すことをお勧めしたい。

それぞれの測定機器の役割

僕らが持ち運んでいく機械には、それぞれ意図する役割がある。

《浮遊粉じん計》

読んで字のごとく、空気中に漂っている細かい粒子を検出する機械だ。ただし、目には見えない極小粒子も検出するけど、この機械ではその物質の種類までは特定できない。まぁ、喫煙室やその周辺で検出されるのだからタバコ由来のものと断定して間違いないんだけど。ちなみに、タバコの煙を直接この機械に吹きかけるとレベルゲージを振り切る勢いで測定値が跳ね上がる。喫煙所の中にいる人にこれをやらせ「今ね、あなたの喉と肺の中にこの危険な物質粒子が山ほど…」と言うと、ちょっと考え込んでしまう。とはいえ脅すことが目的ではなく、「喫煙室の換気がなされているか」と「喫煙室の外に有害物質が漏れていないか」を調べるためにこの機械を使うのだ。

《風速気流計》

どのくらい空気が流れているかを測る機械。基本的には喫煙室の入口で内部に向かって一定量の気流が確保されていれば喫煙所内の汚れた空気は外に漏れださない。とはいえ、喫煙室を出入りする人が多ければ多いほど、その移動に伴って空気もまた外へと出て行ってしまう。喫煙室と廊下などのパブリックスペースの間にもう1枚ドアのついた前室があればそのリスクもだいぶ減少するが、無ければ廊下やエレベーターホールなどがタバコ臭くなる。

《臭気計》

この「臭いよね」という多分に主観的な感想を数値化するのが臭気計。タバコを吸っている人は、廊下などに臭いが漏れていてもあまり気づかない。ちなみに本人の服や髪の毛もだいぶタバコ臭いのだが、知らぬは本人だけ。「ちょっとトイレ行ってくる」などと言って離席し、ソッコーで一服して戻ったとしてもたいていの場合モロバレである。残念ながらこの機械も原因物質の特定までは不可能で、人にとってたとえ好感な匂いであったとしても数値はドーンと上がってしまう。ただ、「喫煙室の外も臭いんです」という苦情に数字で具体性を持たせることが出来るのは大きい。

《一酸化炭素・二酸化炭素計》

タバコの煙及び喫煙者の呼気には一酸化炭素が多く含まれている。もちろん非喫煙であってもゼロではないのだが、ヘビースモーカーであればあるほどこの濃度は高い。一般に空気中の一酸化炭素濃度が0.02%上がっただけで頭痛などを引き起こすと言われており、あまり換気の良くない密閉された喫煙室で何人もの人が喫煙すれば、当然この数値は飛躍的に上昇し健康被害の原因となる。二酸化炭素は喫煙・非喫煙にかかわらず呼気から検出されるものだが、これも測定することにより換気状態や喫煙室が適正な収容人員であるかを推し量ることが出来る。

《温度・湿度計》

これらは喫煙室内部及び周辺の空気調和設備が適正に管理されているかを調べるためのもの。喫煙室内の空調管理はわりと重要であり、ガイドラインに沿った形で作った喫煙室が臭ったりする場合、こうしたデータで空調関係の過不足をチェックすることが出来る。

理想の社内喫煙環境とは

これら、まさに【七つ道具】を抱えて僕らは調査に行くわけだが、測定の結果「これはちょっとな…」という場合には改善策を提示して改修などをお勧めすることとなる。喫煙室の常連、タバコの臭いが大嫌いな非喫煙者、そして会社側と僕らコンサル…それぞれに思惑があって、なかなか素早い動きは難しいところ。

社長会長、そして役員など、トップが喫煙者かどうかもこれを左右する。トップが非喫煙者なら、「お金かけて改修するくらいなら来週から社内禁煙にするわ」となることが多いし、喫煙であっても加熱式の愛用者だったりすると「紙巻禁止で加熱式専用ってことにしませんか?」という提案にスムーズに乗ってくれる。僕は癒着となるのがイヤでリフォーム工事の会社とは付き合わないようにしているのだが、改修にはまぁそれなりの金額もかかるだろう。測定調査から数か月後、「改修しましたんでもう一度見てください」と呼ばれて行くことも多いけれど、すべての社員にとって理想の喫煙所に生まれ変わっているかどうかはまた別の問題だ。加熱式専用に切替えて以前とは比べようもない良い環境となった事例も数多く見てきたが、それでもおそらくは100%の支持は受けないだろう。近い将来、少なくとも大企業の労働現場からは喫煙所というものがなくなると思う。僕らの仕事は地方の中小零細にも「望まない受動喫煙を防ぐ」というムーブメントを定着させることだ。

コロナが落ち着いたら、また頑張ろう。





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