魔法の言葉
「職場の後輩が不妊治療中で悩んでいる。どんな言葉をかけたら良い?」
妹からこんな相談を受けた。
妹の後輩と私は一切面識がない。
なのに私に聞いてきたのは、私が去年の今頃まで不妊治療をしていたからだろう。
しかし一言に不妊治療と言っても、保険適用のものとそうでないものがあるし、
住まいによって助成金の額や条件が違うものもある。
経験があるからアドバイスできる、ということではないのだ。
とは言え、何も返信しない訳にはいかない。
経験者だからこそ言えることがあるのだろうか?
妹からのLINEを読みながら、あの頃私はなんて言って欲しかっただろう、と当時を思い返してみた。
あまり気分の良い回想ではない。
シフト変更が急過ぎて嫌な顔をされたこと、自然妊娠できる体ならこんな迷惑のかけ方はしなかったのにと落ち込んだこと、落ち込んだせいで周期が乱れたこと、結局正社員を続けられなかったこと、治療の過程で子宮を引っ張られたのが例えようもなく痛かったこと、町行く親子連れが羨ましくて目を伏せて歩いたこと、夫に八つ当たりしたこと。
振り返って色々考えてみたが、どんなにさがしても、言われて嬉しかった言葉というのは、1つもなかった。
どこのクリニックは予約が取りづらいとか看護師が丁寧だとか、そういう、次の行動に繋げられる具体的な情報をもらえた時はありがたかったが
それは、心の支えにするのとは違う種類の言葉だ。
どんなに心のこもった温かい優しい言葉も、治療の時間が長引くと冷たく重たくのし掛かるようになった。
そういう醜い自分だから授からないのだと、頭の中で私が私を責めた。
醜い自分を見ない為に、友情を失わない為に、既婚で子持ちの友人の何人かとは治療中の連絡を控えた。
それで治療が上手くいった訳でも、心が綺麗になった訳でもないけれど、ギリギリ人としての自分を保つ為に必要な逃避だった。
あの頃もし、人を捨てれば子を授かると言われていたら、どうなっていたか分からない。
そう、追い詰められた言葉なら、言われて嫌だった言葉なら、いくつも思い出せるのだ。
「頑張らないとダメよ」とか「子どもがいない?おかしいねぇ」とか「早く産んだ方が良いよ」とか「同級生の誰々は今度3人目だって」とか。
私が一番嫌だったのは「職場の人は50歳手前で初産だったよ!」とか「友達は不妊治療やめたらできたよ」とかいう、他人の体験談だった。
これが一番、無責任で無意味で、人を追い詰め傷付ける言葉だと、少なくとも当時の私はそう感じた。
何故ならその人は私でないし、その人の夫は私の夫ではないのだ。
子宮の形も違えば、精子の数も違う。年齢も違う。
不妊の原因が妻か夫か両方か、その中身も違う。
なのに、何の参考になるだろう?
他人の成功体験は民間療法より更に根拠がない。
同じことをしても授かる保証がないことをわざわざ言うのは残酷だ。
私は今でもそう思っている。
私は妹に、以下のような内容の返信をした。
私のお姉ちゃんが不妊治療してたけど…という話はしないで欲しい。
あの人はこれをやって子供できたのに、なんで私はおんなじことしてダメなんだろう、と、かえって落ち込むこともある。
不妊の原因もは人それぞれだから、アドバイスされてもその通りにはできない。
後輩が(2人の子どもを自然妊娠した)妹に相談したのは多分、アドバイスが欲しいのでなく話を聞いて欲しいから。
意見せずただ話を聞くのが唯一できることだと私は思う。
この返信が正解だったのかは分からない。
当時の私は、治療は夫婦の問題だからと基本的に主治医以外には相談しなかったし
愚痴を吐き出す相手に妹のような根が明るい人は絶対に選ばなかった。
つまり、治療の内容も、心の平穏の保ち方も、妹の後輩と私は違うのだ。
色々考えて返信したけど、結局、私に言えることは何もない。
当時の私を励ます言葉がなかったように、妹後輩を励ます言葉も、きっと存在しない。
妹から相談を受けて1ヶ月程経った。
妹の後輩の悩みがどうなったのかは聞いていない。
だけど、どんな形でも、どうか心穏やかにと願う。
そして、そんなものはないと分かっていても、心が救われる魔法の言葉はないものかと、考え続けている。
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