(18)飲み会

他の学生が帰路についた中、隼人だけはバスを降りて残っていた。

ロケットの関係者が集まる飲み会は絶好のチャンス。この機を逃す手は無い。ここで電波を拡散して操られる人物を増やせば、今後の活動が一気にやりやすくなる。

『……狭くて落ち着かんな』

『我慢しろ。酒の席だからな。学生の俺が居合わせるのはマズいかもしれん。念には念をだ』

研也は店のバックヤードに潜んでいた。居酒屋の従業員にはすでに催眠をかけてあるので隼人を邪魔することはない。

開始時刻が近づくに連れてどんどん人が集まって増えていく。

やがてカグヤが声を上げた。

『む…この気配は…耐性持ちが居るな…』

『なんだって…操れない人間が…マズいことになったな…』

該当する人間は万人に一人。確率的に極めて低いケースを引き当ててしまったことになる。

『今は様子を見るぞ。中心人物ならば計画は頓挫するが、ただ顔を出しただけの関係者ならば計画は実行できる』

『わかった。このまま待機だな…』

やがて乾杯の音頭が聞こえた。飲み会がスタートして次々とジョッキが空になっていく。

隼人が注目すべきは耐性持ちの人物だ。その人物は実質的なリーダーと言える最重要人物のすぐ近くに座っている。

昼の見学時に隼人達を案内した人物は端の方に座っていた。

(こういった席でこそ組織の序列というものはハッキリするものだよな…)

そんなことを考えながら隼人は耳を澄ませて会話に集中する。

「あの政治家、またアホな意見を出しやがって。見返りが薄いロケット技術をわざわざ日本でやる必要性は薄いだのなんだの…専門分野でもないくせに…」

「何もわかっちゃいないんだ。資源がない日本にとって、技術力こそ最後の残った宝だろうに…」

「まあ確かに言っていることも一理ある。日本には逆風となる要素も多い…今の時代は低コスト化が必須条件だが、価格競争になると日本はどうやっても不利だ。人件費もそうだし、日本には土地が無い。ロケットを打ち上げるような広い土地は中々確保できない。それが可能なのは大陸にある国家…そして強権的な政府で社会主義の国だとさらにやりやすくなるな」

話を聞きながら隼人は二つの国を思い浮かべた。宇宙開発ではいずれも存在感を持つ国だ。

「それに…これから先は日本事態の先行きが危うい。財政の悪化に経済の停滞、少子高齢化社会…インフラの老朽化…金をつぎ込むべき問題が山ほど出てくる。その度に宇宙開発は必要なのかって議論されるだろうからな。ハッキリ言って「宇宙開発に力を入れます」なんて演説した政治家が当選できる訳ないよ。どんな政治家も「社会福祉に力を入れます」って演説するに決まっている」

「…若い世代は投票に行かないって話ですか。確かに高齢者層は福祉に予算を投入してほしいと考える人が多そうです」

「そりゃそうさ。なにせスパンが長すぎる。アポロが月に行って月面着陸をしたのが50年前…その様子をテレビで見て宇宙に憧れを抱いた15歳の少年が今はもう定年退職しているんだぞ?それでこの有様だからな。殆どの人にとって宇宙はいまだにニュースの向こう側の話だ。「宇宙開発して自分に何の関係がある」と思う人が現れるのも当然だ。せっかく税金を払ったのに自分に利益が戻ってこない。孫やひ孫でも怪しいレベルとなると「他に税金を使え」って声が挙がるのも無理はないさ」

「実際には気象衛星に通信衛星に…宇宙技術も確かなプラスになってはいますが…道路を作ったり橋を作ったりするのに比べると直感的に理解できるものではないですね」

「ああ。ありがたみが伝わって無いというのも大きいな。みんなわかりやすい話に耳を傾けて難しいニュースははなから聞こうとしない。表面に目を取られて本質を理解しようとしない。今開発されている新しい衛星では海を探査して魚群を補足することで効率的な漁業が可能になるって話だが…「この前打ち上げた衛星によってたくさん魚が獲れました」なんてCMを流してもピンと来ない人の方が多いだろうな」

「技術者は技術のことだけ考えればいい…なんて時代は終わった…これからは広報にも力を入れなきゃならない…」

「それも自前でやらないといけない…この前の広告代理店は酷かったな…巨乳のグラビアアイドルを広告塔として起用しませんか、ロケットガール1号として、なんてふざけた企画だしやがって…」

「前に隣の県がやたらエロい観光PRムービーを公開して炎上したってのに…何も反省してないんだよ奴ら…」

話が愚痴っぽくなってきて隼人は顔をしかめた。もっと技術的なことを話してほしいところだ。

「まあ今後のことを考えて…一番気になる問題は世情だな」

「…また近くの国がキナ臭いことやって、ピリピリしていますからね…最近…」

「ああ。ミサイルとロケットに大きな違いはない。数十年前の話だがミサイルをそのまま転用したロケットもあるくらいだ。もしも…打ち上げたロケットが他の国に飛んで行ったらそれは失敗や事故じゃすまない。事件…いや戦争になる」

ロケットの誘導装置は他国を攻撃するミサイルに転用できるので使ってはならない、という指摘をある政党からされたことで当時のロケット開発者が大変な苦労したという話は隼人も本で読んだことがある。

「一発だけなら誤射かもしれない、なんて考えるお人よしの国はない。一発でもぶち込めばその時点で戦争のスタートだ。間違えましたと謝ってすむ話じゃない」

「すぐ近くで人工衛星を搭載したロケットを発射した国があったけど…それがミサイルではないという保証はないんだからな」

「まったく嫌になるよ…そんなゴタゴタのせいで打ち上げることすらできないなんてオチは最悪だ」

「ま、それでも俺達が結果を残せば手のひらを返すだろうから、それまでの辛抱だ。世間の声なんてみんなバカばっかり…何も知らないくせにニュースにあーだこーだ上から目線でバカ丸出しのコメントする奴らであふれてる」

ガハハ、と笑い声が重なる。その様子はまるで山賊同士の酒盛りだ。

(…大丈夫なのかな…貸し切りとはいえ、こんなことを大きな声で言って)

前に動画で見た打ち上げ時の記者会見ではビシっとスーツを決めて真面目な対応をしていた人物が、酒の席ではかなりエキセントリックな一面を見せている。

(…でも、そういうものかもな…)

理系は真面目、技術者は堅物、というイメージを持っていた隼人だが宇宙に関連する勉強をしていくうちにそれがまやかしだと思い知った。

昔のロケット関連の技術者にはかなりはっちゃけた逸話も残っている。海水を混ぜた焼酎を飲ませたり、カエルの死骸が入った水筒を渡して飲ませたり、タバスコを混ぜた饅頭を配ったりなど、度が過ぎる悪戯を行ったという逸話が古い本に掲載されていた。今の基準では完全に炎上案件だ。

飲み会は続く。その様子をうかがっているうちにある事実を隼人は悟った

『例の耐性持ちの人は…話の流れ的に重要なスタッフっぽいな…これだと望み薄か…』

『そうだな…一応、候補に入れるが本命は双葉島のロケットに切り替えよう』

カグヤも見切りをつけたようだ。

『うむ。もうここでやることはない…帰るぞ』

『わかった。今ならバスの最終便に間に合いそうだ』

隼人は店の裏口から脱出してあらかじめ用意していたタクシーに乗り込んだ。

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