(16)学生とロケット
動画と小説を投稿し始めてから一週間。すべては順調だった。
チャンネル登録者数やブクマ数、フォロワーも順調に伸びつつある。8割は自演だが、言い換えれば残りの2割は普通のアカウントだ。
増えていく数字を見て全体の士気も高まっていたが、大切なのはここからだ。
(自演はやり過ぎてもダメだ…徐々に…怪しまれない程度に増やさないとな)
ストックはまだ沢山ある上に継続して制作も行っている。このまま投稿を続ければ人気と知名度も上昇していくことだろう。
(そして…俺もやるべきことをやらないとな…)
隼人もプランA、操れる人間の数を増やすための活動を続けている。現在の数字は1万5000なので1万5000人の人間を操ることが出来る。
中にはスマホと家のネット回線など、2つや3つアカウントを作れる者も結構いるので、実際には3万近いアカウントで工作出来る。
(報道部の調査によると投稿した小説の書籍化を狙える数字にはもう既に達している……書籍化を狙えるラインは総合評価が10万以上でブクマ数が3万以上と言われている……これは出版社がブクマした読者のうち書籍を買って支えてくれるファンが10人に1人の割合で居ると仮定して…出版社が赤字にならない最低ラインの3000部以上売れるかという点が判断基準になるから…自演だけでもこのラインは越えられる…)
雫から聞いたが、とあるベテラン作家が「今のラノベ編集者は投稿サイトで点数が高い作品を右から順に書籍化しているだけ。内容を見ずに数字だけで判断している」とコメントしたそうだ。
このコメントに同意する声は多かったらしい。そしてラノベ業界の将来を悲観する意見も多く集まったが、カグヤの電波によって絶対にバレない工作が可能な隼人にとってはそのコメントが真実であることは追い風となる。佳奈子が言った通り、小説を投稿して自演してランキングに居座れば後は出版社が声をかけてくるはずだ。たとえ中身が悪くても。
(問題なのは動画の方だな…バーチャルアイドルでも…解説系動画でも…登録者数10万越えなんてそう珍しくない…もっと工作員が必要だ…5万まではいかないと…)
全員が頑張っている以上、隼人も頑張らなければならない。
(行くか…今日中に4つの学園で集団催眠をかけて1000人は工作員を…フォロワーを増やさないと…)
そうして工作員を増やす作業を続けて、一週間が経過した。
翌週の月曜日、隼人は少し離れた場所にある工業高校を訪れていた。
もうすでに全校生徒を体育館に集めてたっぷりと電波を浴びせて操れる状態にしてある。だが今回はもう一つ目的がある。
(ここがロケット部の部室…なのか…)
この工業高校にはロケット部があるという情報を掴んでいた。調べる価値はあると判断して部室に来たのだが。
(うーん…ロケットに詳しい人物が居たら色々と話を聞けると思ったんだけど…)
現地に来て分かったことだが、本格的に活動していたのは10年以上前の話。今では部員ゼロで活動休止状態。倉庫と化した部室を見て隼人は苦い顔をするしかなかった。
(まあ収穫があっただけでもよしとしよう…)
マニアックな専門書やモデルロケットに関する資料が本棚に残されていたので借りることにした。埃まみれの古本だが目を通して損はないはずだ。
(ん?)
技術書だけでなく、部活の活動日誌があった。
そのうちの一冊をテーブルに置いて開いた。資金も設備もない学生が必死に工夫して宇宙へ近づこうとした努力の記録だ
半分ほど目を通したところで隼人は手を止めて、カグヤに問い掛けた。
『なあカグヤ…俺が普通にロケットを作って飛ばす…っていう計画は提案したら賛成するか?』
宇宙に関して調べているうちに隼人は民間、または学生がロケットを飛ばす、と言うストーリーの小説の存在を知った。これも読めば勉強になると思って雫の書店で2冊ほど買って目を通している。
『…賛成はしない。成功率は極めて低いと判断する。成功にたどり着くとしてもそこまで時間がかかり過ぎる』
『…やっぱり難しいか。でも不可能とは言わないんだな』
『お前もそういう例があるのは知っているだろう』
『ああ。この前ネットの記事を読んだな』
学生の手で作ったロケットが宇宙空間、すなわち高度100キロの高さに到達した例はあることにはある。2019年のアメリカの大学のロケットだ。
観測機器の不備によって宇宙空間にたどり着いたことを完全に証明した訳ではないが、データで判断するとその可能性が高いとのことだ。
高校と大学、日本と海外、という違いはあるが、高校生でも絶対に越えられない壁ではないという気がする。
『ついでに言うと地球への影響度という面でも反対だ。仮に学生がロケットを作って打ち上げに成功させたら、話題を呼ぶだろう』
『そうだな…未来の工業を担う希望の星として有名になって……広告代理店が飛びついてきてドラマ化に小説化に…って感じか。成功すればの話だけど』
日本の学生ロケットの最高記録は2.4キロ。あまりにも遠い道だ。
『海外では科学技術教育の振興を目的として、学生の手で作ったロケットが宇宙に到達したことを証明したら賞金を出すという企画も行われているけど…日本ではそういうのもない…というかそもそもやらせてもらえないだろうな。火薬とか燃料とかそう簡単に入手出来たらそれはそれで問題だし』
ロケットとミサイルは紙一重。ロケット技術が誰にでも扱えるようになってしまえば、どこぞの過激な宗教や反社会的勢力がミサイルを作って「これはロケットです」と主張する事態もありうる。火薬と燃料の積んだ飛翔体は使い方によっては化学兵器並みの被害を出しかねない。
『うむ…諸問題を考えればやはり既存のロケットに相乗りするのが一番だ…そういえばそろそろだな。例のロケットの見学は』
『ああ。明後日の予定だ。もう既に準備はすべて終わっている』
ロケットをPRするための動画と小説作りも重要だが、打ち上げされるロケットそのものについて忘れるわけにはいかない。作業員を操って、カグヤが乗り込むための指定席を用意する必要がある。
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