(23)別れの時

打ち上げ13日前。とうとうカグヤがロケットに乗り込む日が来た。

ターゲットは二葉島のロケットで宇宙ステーションに物資を運ぶために打ち上げられる。

なお、東北の民間ロケットは伝染病の影響で打ち上げが延期となっている。

(今日が勝負の時だ…ロケットに乗る唯一のチャンス…)

とはいっても直接ロケットまで行って乗り込むわけではない。レイトアクセスで直前に搬入する生鮮食品などの物資に紛れ込ませるというだけだ。

その生鮮食品も厳重なチェックをしてから搭載するので、実際にカグヤがロケットに乗るのは打ち上げ4日前となる。

フェリーで運ばれた物資をスタッフが埠頭で受け取って、二葉島宇宙センターにまで運ぶ手筈なので隼人はその途中の道路で待ち伏せしている。

その業務に携わるスタッフは既に操れる状態にしてあるので紛れ込ませるのは簡単だ。

搬入する物資を載せた車が来るのを待っている間にカグヤが話しかけてきた。

『それでは…私がロケットに乗った後の流れについても確認しておくぞ。何回も説明して憶えているとは思うが、念には念を入れるのがロケットの打ち上げだ』

『わかった。頼む』

『うむ。私は物資に紛れ込んでロケットに乗る訳だが…お前に1%だけ肉体の欠片を残しておく。その欠片を使えばロケットに搭載されている状態のお前とも通信で会話できるし…電波を植え付けた人間を操ることも出来る』

『もしも邪魔が入るようなら俺が対処するってことだな』

『そうだ。そして…打ち上げに成功した場合…私はそのまま宇宙ステーションまで行く。ステーションの中に入った後、船外活動に乗じて宇宙空間に出て…後は自力で航行して目的地に向かう…』

カグヤが宇宙空間をどうやって移動するのか、という点は気になるがカグヤは『言えない』としか回答しなかった。

『その段階まで達したら…お前は計画の後始末を行う。今まで投稿していた小説と動画を削除…各種のアカウントを消して……できる限りの痕跡をなかったことにする…関係人物の記憶も消す…』

『少し勿体ないけど…仕方ないよな』

みんなが尽力して制作した動画と小説は隼人にとっても思い入れの存在だ。自演の効果が大きいが今ではバーチャルアイドル「カグヤ」の存在はそれなりの知名度を持つようになっていた。小説についても1万以上のブクマがついている。

それを削除するというのはあまりに名残惜しい。どうにか残せないかと隼人も交渉したのだがカグヤは譲らなかった。

『次に…ロケットの打ち上げが延期した場合だが…技術的な面で何度も不具合が起きるようならば一度このロケットから降りて計画を仕切り直す。急ぐ旅路とはいえリスクが高すぎるロケットに乗るつもりはない』

『わかった。見切りをつけたら通信で俺に伝えてくれ。回収するから』

『うむ。そして最後に…ロケットの打ち上げに失敗した場合だな』

考えたくない可能性だが、考えない訳にはいかない。巨額の費用を注ぎ込んで万全の体制を整えても失敗の可能性をゼロにできないのがロケットの打ち上げだ。

『最悪なのは…カグヤが乗ったロケットがある程度の高さまで上昇したところで爆発した…または安全装置で自爆させたケースか』

『ああ…私は爆風で吹っ飛ばされたところで死なないが…遠い場所に落下したらお前のところに戻るのに難儀しそうだ。特に海に落ちると陸に上がるまでにかなりの時間がかかる。独力では大して動けないし…大型の海洋生物に寄生して移動するにしても、まず寄生するまでが大変な作業となる。お前が回収してくれればそれに越したことは無い』

事前に手を回してある。ある大学の海洋調査という名目で海に出る用意をしてあるので、すぐに探索することが可能だ。

『互いの位置は電波で感知できるし通信も可能…探すことは難しくないはずだ。頼んだぞ』

『わかった。必ず迎えに行く。約束だ』

念話に集中していた隼人だが、目当ての車が近づいてことは見逃さなかった。

『よし…来たぞ…』

ナンバーで間違いがないことを確認して、隼人は電波を送って車を停車させる。

(古典の教科書では月に帰るかぐや姫を飛車が迎えに来たけど…このカグヤはハイエースをジャックしてロケットに密航して宇宙へ…えらい違いだな)

自分から行動する、という点が古典のヒロインと現代のヒロインの決定的な違いだと隼人は思った。

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