(22)パンデミック

「緊急事態宣言が出て一週間立ったが…収まる気配はないな……」

新型の伝染病の世界的な流行によって社会は一変した。二週間前に学園も休みになって、それ以来隼人はずっと家にこもっていた。

幸いロケット関する大きなニュースは現時点では入っていない。人が集まることを避ける為に打ち上げの見学は禁止されるのは確定だが、打ち上げそのものが中止になるという情報はなかった。

『今は家でじっとしていろ。いくら人間を操れるといっても、お前自身が感染してしまっては手の打ちようがない』

「わかっている…でも…人が…人が死んでいるんだ…」

感染者数と死者数、回復者数は毎日更新されてニュースサイトに掲載される。

隼人とカグヤは家に籠っているので電波をばら撒くことは出来ないの、よって頭の中の数字は増加することはない。

そして、数字は減っていた。

数字の減少は電波を浴びせて操れるようになった人物が死亡、もしくはその一歩手前の瀕死の状態になっていることを意味していた。

(…死んだと決まった訳じゃない…重体で…これから回復するってケースもありうるけど…)

伝染病が流行る前にも数が減ったことを意識したことはあった。日本の一日の死者数平均は3000人、病気にせよ事故にせよ、死は確かに存在する。30分のニュース番組を見ているだけでも死亡事故の情報は入ってくる。

だが、今回の事態は明らかに違った。

(人が…死んでいる…この伝染病で…)

目に見えて頭の中の数字は確実に減ってきている。その減少を隼人は確実に、明確に把握してしまっていた。大抵の人間はニュースの情報として知る死亡者数が直に伝わってくる。

(俺に出来ることは…ないのか…?)

未知の病原体と未曽有の感染拡大、普通の学生に出来ることなど知れているが、隼人にはある力がある。

『カグヤ。お前の力を使って強制的に外出をやめさせることが出来るんじゃないのか?そうすれば感染拡大を抑止できるはずだ』

現在隼人の頭の中に浮かぶ数字は2000万。カグヤの能力を使えば2000万人規模で集団催眠をかけることが可能だ。

『断る。それは地球への影響を最小限に抑えるという私の行動指針とは真っ向から相いれない提案だ』

3か月とはいえ隼人はカグヤと一心同体の関係で過ごした仲。予期していた答えが返ってきた。

『それは分かっている…でも…今回は非常事態なんだ。どうにか出来ないのか?』

命が減っていく、その感覚を直に感じ取れば誰だって平静ではいられない。

『…仮に今回の事態に私が介入したとしよう。この国の人間を操って、感染拡大を最小限に食い止めたとしよう。だがその後はどうする?』

カグヤが諭すような口調で続ける。

『また新たな伝染病が発生するかもしれない。私は1か月後のロケットで地球を去る予定なのだぞ。その度に私が地球に戻って人間の世話をするのか?…私が助けたところで所詮は一時しのぎ。自分で乗り越えて強くならなければ本当の解決とは言えんのだ』

『それは…そうだけど…』

かつての大学の講義を隼人は思い出した。人間が保護した結果独力での生存が不可能となり、無菌室の水槽でしか生きられなくなったカエルの話だ。安易な保護は生物としての姿を歪めてしまう。

『前にも話したはずだ。私が全ての人間を電波で支配下において意思統一を行えば…おそらく地球上に存在する諸問題の大半は解決することだろう…だがそれでは私が人間すべてを支配するようなものだ。何も解決していないし真の意味での救済とはいえん…お前も理解しているはずだ…地球には地球の未来がある。私が介入して影響を与えること自体が絶対悪なのだ』

カグヤは決して人類の救世主ではない。隼人がそうであるように。

『そもそも…私が行うのは人間にとっての救済であって地球にとっての救済ではない…それを理解しているのか』

『…どういう意味だ?』

『…仮に私とは別種の宇宙生物が存在したとして…そいつが過去の地球…恐竜が居た頃の時代にやってきたとしよう。そいつが環境の激変によって絶滅に追い込まれている恐竜を見て…『助けなければ』『可哀そうだ』と思って保護したらその後は…どうなる?』

恐竜が絶滅しなかった未来。それは隼人にも想像できた。

『恐竜を救ったことによって哺乳類の繁栄が妨げられれば…お前たち人類は誕生しなかったことになるのだぞ。同じことが言えるのではないのか?私が介入したことでお前たちは救われるかもしれないが…そのしわ寄せは必ず発生する。お前たちにとっての救済は他の誰かにとっての死刑宣告でもあるのだ。それをわかっていっているのか?』

絶滅は新たな始まりでもある、これも講義で学んだ内容だ。

『…どうしようも…ないってことか……』

カグヤの意見の方が正しい。提案する前から隼人も心の奥底で気づいていたが、それでも言わずにはいられなかった。

『…すまない。こんな事態になったことは私にも想定外だった。謝罪しよう。お前にとてつもないストレスを与えてしまった』

『いや…いいんだ。話して少し気が楽になったよ。俺の無茶苦茶な理論に付き合ってくれて…ありがとう…』

隼人は大きく息を吐いた。言葉として吐き出すだけで精神に大きな影響を及ぼす。言霊とはよく言ったものだ。

『今は俺たちに出来ることをやろう。小説と動画を投稿するんだ。こういう時だからこそ…気を紛らわせる娯楽も必要なんだ』

メンバーも家にこもっているが、それぞれの作業を続けていて、完成した台本や小説は隼人のもとに届けられる。

隼人はノートパソコンを開いた。使い方もだいぶ習熟してきた。

(そうだ…自分に出来ることを…)



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