ダイヤモンドプリンセス号の日本人下船者を公共交通機関を用いて帰宅させた理由について
ダイヤモンドプリンセス号乗船者の下船が終了しました。下船という判断や、帰宅に公共交通機関について不安や懸念の声が広がっています。不安を煽るようなインターネット記事も出ています。
実際はどうなのでしょう。
1 新型コロナウイルス感染の診断について
新型コロナウイルスの診断は現在のところコロナウイルスの遺伝子を検出するという方法で行われています。PCRです。
これは痰や咽頭ぬぐい液など「検体」のなかにあるコロナウイルスの遺伝子を化学的反応で100万倍にも増やすことによってごく少量のウイルスでも検出できるようにするための方法です。
では、検体のなかに1個でもコロナウイルスの遺伝子が存在すれば検出できるかというとそうはいきません。やはりある程度以上いないと検出できないのです。検体の中にはなくても他の場所にはいたって場合だってありえます。
この検出できる限界の量(閾値)がPCRの感度です。これはいわゆるEBMでいう「感度」とは意味が違うので注意が必要です。
ですから、PCRによる検査ではそもそも「新型コロナウイルスに感染していない」と100%判断することは原理的に不可能です。それは検出感度以下であるということを示すに過ぎません。
「PCR結果陰性」はその時点でウイルスの数が検出感度以下を示すだけですからPCR検査の診断における意味も限定されます。陽性なら感染者と診断して差し支えないと思いますが、陰性であってもウイルス感染がないとは言えないのです。
PCRという検査の性質上「結果陰性であってもウイルスがいない証明にはならず、検出感度以下であること」にしかなりません。だから、ウイルス感染者においても時期によって検査の結果は陽性になったり陰性になったりします。特定の時点における陰性が「ウイルスのいない証明」にはならないのです。
上記のグラフで検査陰性となるのは①②⑦ですが、真に意味のある「陰性」は⑦だけです。
やるなら少なくとも14日の間繰り返さなければならない、けどそんなのは無駄です。有症状者のみに行って感染経路を確認するだけでよい。
だから、PCR検査でなく自宅安静期間のほうを重視するというストラテジーは正当です。検査を繰り返すためのリソースがあればいまは「多くの感染に対して脆弱な人々が限られた空間で長時間一緒にいる場所」、すなわち病院や高齢者施設における防御策に集中すべき段階になっているのです。
PCR陰性であった方がコロナウイルス感染を発症する可能性は当たり前のことであり想定されています。最初からひとりも感染者がいないなんて考えていないのです。
2 ダイヤモンドプリンセス号での検疫
だからダイヤモンドプリンセス号でのPCR検査の目的はもしも新型コロナウイルスに感染していたとしても非常にウイルスが少ない状態であることを確認するため、だと思います。
ここでもやはりある程度以上のウイルス量がある人しか検出されません。
陰性の人というのは「本当にウイルス感染がない人」+「ウイルスはいるけど検出感度以下の人」ということです。
検査を2回、3回と繰り返して感度を上げろというような意見がありますが、それはただ問題を先送りにしているに過ぎません。ダイヤモンドプリンセス号という環境は感染が蔓延しやすい環境なわけですから滞在時間を増やすことは基本的には間違いです。
そして、本当にウイルスがいない人と検出感度以下の人が下船したわけです。
3 公共交通機関における伝播の可能性
上記の通りPCR検出感度以下の人は他人に感染させる可能性は極めて低いから(医学では「絶対」とは「いつか死ぬ」と言うこと以外言えないのです)、公共交通機関を用いて帰宅することが妥当と判断されました。これは私も賛成です。
4 自宅での観察期間
PCRは感染を100%否定するものではありませんから、下船した方々の中から発症者が出るのは当然想定されています。だから「下船後も2週間の自宅待機」を勧告しているわけです。これを守らないで外出すればそれはその方個人の社会的無責任です。現在の法政下では国の責任ではなく個人の責任です。
超一流の医学雑誌である”New England journal of Medcine”に中国の研究者から「感染の経過に伴う検出されるウイルス量の経緯」についての論文が掲載されました。
要旨は、
(1) ウイルス量は発症時から高い。概ね 2週間かけて減少,陰性化に向かった。
(2) 鼻腔ぬぐい液の方が,咽頭ぬぐい液よりもウイルス量が多かった。
(3) 発症しなかった濃厚接触者も,Day7,10,11に鼻腔,咽頭ともにPCR陽性,かつウイルス量は発症者と同程度に多かった。
公共交通機関で移動している間はウイルス量が少なく伝染させる可能性は極めて低かったとしても帰宅後にウイルスが増加して感染力が強くなる可能性はあります。そして「発症していてもいなくてもウイルス量は変わらない」のですから、症状のいかんにかかわらず14日間の自主的隔離(家庭内も含めて)が必要です。
これは人事ではありません。あなたが発熱していても外出したり仕事に行ったりするなら、それは社会的責任を放棄することです。国の責任にはできません。
5 「日本人ダイヤモンドプリンセス号乗客を
・そのままダイヤモンドプリンセス号に隔離し続けろ
あるいは
・日本国内で適切に隔離せよ」
という意見について
① それは人権侵害である。
COVID19は指定感染症になりましたから、確定した感染者は国家によって強制的に入院ないし隔離させる法的根拠があります。しかし、「いまだ感染していない」濃厚接触者や感染疑い者にはそのような措置を強行する法的根拠はありません。
しかし、2月3日の時点でそのまま上陸を認めてしまえばとんでもない事態になることは明らかでしたから例外的に上陸を拒否して船内検疫としたわけです。これについてもし、乗客から正式に訴訟があれば国は厳しい立場にたつでしょう。
それほどの非常事態として国は対応したのです。
そして、幸いに壊滅的な蔓延が阻止され、乗客の感染可能性が十分に低くなった現時点ではもはや検疫を続ける根拠がないのです。帰宅した人々にも「可能な限り14日程度の外出制限と経過観察」を努力目標として求めていますし、各地の担当部署も動いています。それが、国のできる限界なのです。
もっと、強制的に措置していいと思われるかたもおられるかも知れません。
ここで問いますが、本当に国がそういう強い強制力をもつことをあなたは望むのですか? と。
そんなことが可能な国であれば
「破壊活動を行うかも知れない反体制主義者」
「いつ人を殺すかもわからない精神障害者」
「デマを拡散するかも知れないジャーナリスト」
などすべて収容所にいれたり閉鎖病棟に送り込むことができるでしょう。
本当にそんな国を望みますか?
② もはや感染対策のフェーズが変わっている。
新型コロナウイルスの国内の感染者は増え続け、もはや新しい発症者が誰から感染したかわからない状態になっています。
この感染の経路がたどれるうちは「封じ込め」という方針にも意味はあります。しかし、と取れなくなったら蔓延なのです。もはや完全な封じ込めは不可能になったということです。
2月22日、下船者からコロナウイルス感染の発症が確認されました。しかし、これははじめに述べたように「想定内」です。
同じ日に多くは感染経路が不明な感染者が20名程度出ています。
新型コロナウイルス感染者の半数が無症状だといいます。たとえば20人の新しい感染者がみつかったということは、その影に20人の不顕性感染者がいるということです。
そして、有症状者と無症状の人から検出されるウイルス量が同等ということは伝播性も同等であると推定できます。
ダイヤモンドプリンセス号関連の濃厚接触者はモニターされていますが、モニターしようもない無症候性感染者や濃厚接触者がどんどん水面下で増えているということです。
すなわち、もはや蔓延は避けられない状態になっているということです。
覚悟が必要です。
国の対応が悪いとか中国が悪いとか他者を責めても無意味です。これは誰の責任でもありません。グローバル時代の新興感染症とはそういうものなのです。
でも蔓延速度を遅らせることはできます。適切な封じ込め対策は続行するべきです。それ伝播の速度を遅らせることが期待できますから。
しかし、もはや封じ込めのみにリソースを用いるのは不適切だという段階に来ているのです。
つまり、若くて元気な人々を新型コロナウイルス感染から守るというのはもはや目標ではない。社会全体としては、むしろある程度感染して集団免疫をはやく獲得したほうがよいとも言えます。
それでは現段階のコロナウイルス感染対策の目標は何でしょう。それは、国内での発症の完全なおさえこみではありません。これは最終的には全世界に蔓延すると考えられています。
しかし、若くて元気な人ではほとんど死なずに済みます。一説には50代で1.3%、60代で3.6 %、70代で8.0%の致死率です(ただしいまだ母集団は重症例に偏っていると思うのでもう少し低いと思います)。
中国のCDC発表のデータ
社会全体である程度以上の割合の人が感染して免疫をもてば、もはやその疾患は大流行することはありません。
(スライドは、大阪大学医学部附属病院感染制御部部長・朝野和典先生)
感染したこと自体で大騒ぎする段階ではありません。健康な人々に感染し軽症で回復し免疫を獲得すると集団免疫が成立して流行は終わるのです。
あなたも私も感染する覚悟が必要です。
最も重要なのは、虚弱な高齢者と以下に示すような基礎疾患を持つ人々への感染を防ぐことです。また、医療関係者の感染も、医療体制の崩壊を招くのでできるだけ避けなければなりません。
新型コロナウイルス物語 第3話 「ダイヤモンドプリンセス号と感染症専門医たちの争い」はもう終わりです。
第4話 「地域を襲うコロナウイルス」がまもなく始まるのです。
残念ながら多くの人が亡くなるのは避けられません。それはインフルエンザでも同じなのですがなんといっても「新興」感染症なのでほとんどの人は免疫を持たない。その状態で武漢のように爆発的な流行を招けば脆弱な人々を守ることができなくなります。
個人的にももう公共交通機関は極力利用せず、集会やフードコートなどでの飲食は避けています。患者さんへの処方も最大限の日数で行い、特にリスクの高い人に対しては特別な枠を作るつもりです。
そのようにして高リスクの人達への感染を全力で防いでいる間に治療薬やワクチンが開発されれば私達は新型コロナウイルス感染に勝利したと言えるでしょう。