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幼子の命を守る、そのシンプルなこと

今日は穏やかに晴れて、気温もそれなりに上昇しました。冬の終わりを予感させる日和を満喫しましたが、いかがお過ごしだったでしょうか。

さて、……。

ここのところ幼い子が命を奪われる事件が立て続けに起こっている。それも、容疑者は赤の他人ではない。親が関わっているのを見ると、いたたまれない気持ちになる。

そういう親はどういう気持ちで我が子を産み、育てていたのだろう。もしかしたら望んだ子ではなかったのかも知れない。仮にそうだったとしても、子は勝手にお腹に宿ったりはしない。「身に覚えがある」親ばかりのはず。

こうなると、そもそも行為を致せば子ができる可能性があるという事実から教えねばならないのではなかろうか。性に関することではあるが、恥ずかしがったり、ボヤッと抽象的な内容で済ませたりするのではなく、誰にでも分かる表現で簡潔に教えること。それが足りてこなかったのかも知れない。

或いは、子が生まれてから「こんなはずではなかった」可能性もある。子を育てるのはかなり大変なのだから。「わあ、かわいい!」だけでは済まないもの。

特に新生児の頃は4時間に1度は授乳が必要。赤ちゃんの意思は泣くことでしか表現できない。授乳以外にもおしめが濡れれば気持ち悪くて泣く。何を要求されているのかを推測しながら対応せねばならない。まとまった睡眠は、この時期の子の親にとっては至難の業となる。

そういう時期を乗り越えても、離乳食の用意、歯磨き、おしめの交換、寝かしつけ等などやることは多い。それらの一つひとつをこなすことにも結構神経を消耗する。

ここで、夫婦の関係が良いならともかく、そうでない場合もある。最悪、父親が逃げ出すことも世の中では起きる。

もし、生まれた子を育てられないという状況に至ったなら、自治体の福祉担当課の窓口や児童相談所等に相談すべきなのだけど、我が子の命に冷淡な親は絶対にそんなことをしない。

義務教育期間に、行為を致せば子が生まれる可能性があること、子を育てられないと思ったら福祉を頼ること、をキチンと教え込むことって大事なのではないかと思う。それを徹底しなければ同じことが繰り返されてしまう。

本来、乳幼児の定期検診は子供の健全な成長を確認すること、そうなっていない子について適切な療育機関や医療機関を紹介することが目的となっているのだけど、今の時代では、子供の命が保たれて安全な環境にいるかの確認も目的に加えねばならないと感じている。

家庭に対する公権力の介入はデメリットもあると考える。でも、この種の話は大抵慎重を期すあまりに手遅れになったケースが多いように思う。そうであれば、ある程度は自治体の担当課に権限を与え、定期検診を強制的に受けさせられるよう法律等を改正する必要がある。

「7歳までは神の内」と言う。でも、子の命を神の意思だけに委ねてはならない。人間ができる範囲で対応できる仕組みを整えることが、今求められている。

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