看取りを体験する(その2)
今日は穏やかな一日でした。そして、食糧の買い出しには適した日でもありました。三連休の初日は、大抵スーパーも空いていますので。
さて、……。
今回は以下の記事の続き。
男性看護師に案内されて母の病室に向かう。母は半分消灯された大部屋の、一番奥のベッドに寝かされていた。既に意識はなく、時折頭をかすかに揺らし、深いため息を吐くかのような呼吸をしていた。もちろん、酸素マスクは装着されている。
既に病院の夕食時間を過ぎていたこともあり、各ベッドの周囲はカーテンで仕切られていた。そのため、周囲の入院患者の姿はもちろんその様子も見えない。もっとも、特に存在感を示す方もおられなかったが。
むしろ、ナースステーション近くの病室だったため、警告音が気になった。患者には複数のバイタル監視機器が装着されており、それと連携したナースステーションの機器が音を発しているようだった。「ピヨーン、ピヨーン、ピヨーン……」。
これらの機器が同時に、或いは呼びかけ合う鳥のさえずりのように警告音を鳴らせるのを聞きながら、私は男性看護師から状況を伺った。
その話によると、搬送時より容態は少し良くなっているとのこと。一瞬安堵する。しかしそれも束の間「呼吸の様子を見ると、末期の人によく見られる様相を呈しており、急変する可能性もある」と付け加えられた。
「この状態から持ち直すことはありますか」と私が尋ねた。
「そういう方もおられます。でも、そうでない方もおられます。年齢のことを考えますと……」そこで口を止めて私の顔を見る。何を言いたいかは明らかであった。
しばらくの沈黙を経て「覚悟はしています」と私が言った。
「この先どうなるかは我々もハッキリとは申し上げられません。お母様とのお時間を大切にお過ごし下さい。ご親戚等でお会いしたい方には来て頂いた方がよいと思います」。看護師は私の言葉に力を得て、少し踏み込んで伝えてくれた。
「分かりました」
「東京にお住まいでしたよね、明日はどうされますか」
「午前中にもう一度母を見舞ってから帰ろうかと思います」
「そうですか。ただ、帰りの途中にお電話することもあり得ることはご理解下さい」
この言葉に、私は黙してうなずくのみ。
「入院の書類を用意しておきます。帰る際にナースステーションにお声掛けください。その際にお渡しするのでご記入の上、明日お見えの際に1階の受付に提出願います」
私に事務連絡を行った看護師は、少し間を置いてひとこと。
「それでは、お母様とのお時間をお過ごしください」
そう言うと一礼して病室を出ていった。
母の状況は変わらない。血中酸素濃度は90を余裕で超えていた。ただ、脈拍の数が安定しない。駅の売店で買ったおにぎりを食べながら30分ほど付き添っていたけれど、特に変化もなさそうだ。
(しばらくは大丈夫そうだ)。そう思った私は、ナースステーションに声をかけて書類を受け取り、病院からバスで実家に戻った。
実家の中はカビ臭さが漂うが是非もなし。ダイニングのテーブルを雑巾で拭くと、カビで濃緑に染まる。拭き上げてから書類を広げ、記入を終えた。そして、風呂は朝にシャワーで済ませることにして、就寝した。
(続きます)