友達と仲間は基本的に違うと私は考えている
人間関係の悩みというのは、いつまでも付いて回るものですね。会社の仕事でも一定の負荷要因になっていると思います。
さて、……
これまでも何回か、たそがれ世代の視点から友達について考えてきた。
私は会社に友達だと言える人は、数少ない。言い換えると、退職したら付き合いが切れる人の方が大多数である。会社に社友会(OB・OG会)はあるのだけど、多分入らないと思う。
「何と寂しいことを言うのか?」と思う人もおられると思う。そう思えるあなたは、極めて円滑な人間関係をストレスなく積み重ねてきたのだろう。揶揄ではなくお祝いを申し上げたい。
こんなことを言いつつも、私も職場に仲間ならたくさんいる。でも仲間は、友達とは異なると考えている。
私にとって仲間とは、ある共通の目的を一緒に達成する存在。会社の仕事は、まさに共通の目的に該当する。上司も部下も仲間である。
一方で友達とは、基本的な価値観が似通っており、心の内を明かせる存在。会社の中でこの域に達する人は、とても少ないと思っている。
学校時代において、お互いの趣味や嗜好で語り合える価値観の近い友達は割と簡単に見つけられた。でも会社に入ると、基本的に仲間として行動することになる。その過程で、何となく話が合う人が出てくれば、その人は友達だと思えるようになる。
しかし、日々の業務に追われていると、この関係に至ることはそれほど多くはない。
そして、一緒に仕事をした仲間ではあるが、彼らと過去を共有することはできても今や未来を共有することは難しい。この点、学校からの卒業と同時に付き合いがなくなったかつてのクラスメートに近いかも知れない。
一度や二度ならともかく、毎回同じ過去の思い出話ばかり、共有できるのは生活習慣病の話のみという集まりに、私は執着したくないと思っている。
自分としてはリタイヤした後も何かで社会と関わっていきたいと強く思っており、その関わりにおける仲間との時間がより大事になると思っている。
私が、ここまで割り切るのには理由がある。
前々から薄々感じていたことだけど、亡父の葬儀の際に、父の勤め先の会社の人からは何のリアクションもなかった。社友会事務局に連絡をして花輪は頂いたのだけど、それだけだったのである。
父も長年勤めてそれなりに仲間もいて、退職後も年賀状のやり取りをしていた人も何人かいたのだけど、葬儀でのリアクションを見て「ああ、会社の付き合いってその程度のものなのか」と分かった。これが私の割り切りの大きな理由である(香典が欲しかったとの意図ではないので念のため)。
むしろこの経験をしたことで、会社の人間関係とは何なのかが明確になって良かったと思っている。
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