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故郷の友は心の中にのみ留めおくべきものかも

今日も実に暑い一日でした。低温サウナに無料で入れて嬉しいなあと思い込もうとしましたが、やはり無理がありました😅

さて、……。

昔からの読者の方はご存知かも知れないことだけど、私は昔のクラスメイトからのアクセスについて、素直に嬉しいとは受け止めない。

卒業後、何かの機会にリアルで会っている、ずっと年賀状のやり取りをしている等の方はもちろんno problem。でも、付き合いが絶えて久しい人が急に連絡を取ってくることがある。これに対しては、警戒心の方が先に立ってしまう。

定年退職も近い年齢に差し掛かり、そろそろ一度集まってみないか? という内容ならそうでもないのだけど、いきなりマンツーマンで会いたいと言われたら、申し訳ないけど断る。

これには理由がある。実は母が住まなくなって久しい実家の片付けをしていた時に、ノーアポで玄関のチャイムが鳴ったことがあった。

「辻君、久しぶりだねえ」と言う彼は、中学時代の同級生だと名乗った。とは言え、同じクラスになったことがあったかなあ……レベルの付き合いしかない。

それでも共通の知人の名前を挙げてくるので、同級生であることは何となく確認できた。

そのような会話をした後に、彼が「実はこれから先に起こることは、既に予知されているんだ。その話を聞きに行かないか」などと言い出した時点で「ああ、勧誘か」と気付いた。

丁重にお断りしたけど何度も翻意を促してくる。私は実家とはいえアウエーなので、揉め事は避けたい一心でひたすら断り続けた。

最後は新幹線の時間が迫っていることを理由に退去してもらったけど、結構後味が悪かった。

また、これは他の人の話であるが、ストレートに借金を申し込まれたケースも耳にする。「お久しぶり」にはいろいろなリスクがあることは、頭の片隅に置いておくべきだと感じている。

よく考えれば、人生の一時期を共有したとしても、その後の進路を違えたことで付き合いが絶えることになった。途中で復活させてこなかったのは、やはり合う合わないがあったからだろう。

それなのに急に会おうと言ってくるのは、大勢に声を掛けている場合を除いて高確率でよろしくない話だと思って間違いない。

間違っても「自分にお宝を受け取って欲しいと依頼されるのでは」などと能天気な妄想を持ってはならない。むしろ自分が狩りの対象にされていると思うくらいでちょうどよいのではないか。

残念だけど、これが現実。晩年に人を疑って生きるのは楽しくないのは分かるものの、身ぐるみ剥がれて持っていかれるよりはマシだと達観すべきだろう。

お読み頂き、ありがとうございました。

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