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日本中の面白いホテルを取材してわかった、これからのホテルに必要な、たった一つのこと

これからの時代に必要とされて、選ばれるホテルってなんだろう。
そう思ったのは、コロナが猛威を奮っていた去年の6月ごろ、誰もいない、ホテルの大宴会場の真ん中に1人立っていた時でした。
僕は新卒のホテルマンで、その当時は400室以上の大規模なホテルで働いていましたが、他のホテルと同じく、コロナで全くお客様が来ず、ただ漠然と暇を持て余す毎日を過ごしていました。
誰もいない宴会場にポツンと1人。たくさんの人に集まってもらって、楽しんでもらうために飾られた空間が、余計に誰もおらず、一切の音がしない今を強調しているように思え、言いようもない感情がこみ上げてきました。

コロナウィルスは、人々から「どこかへ移動して、誰かと会う」という、これまで当然すぎて考えもしなかった権利を奪い、人々を自分たちが住んでいる空間に閉じ込めました。その変化に翻弄されるなかで、ホテル業を本業とするものとして、寂しさや悲しさがあるとともに、これは新しい時代の幕開けなんじゃないかという思いも日に日に強くなっていきました。
このnoteでは、そんな思いを持つなかで、これまで自分が人生の中でホテルについて考えてきたことを整理していったら、これからのホテルに必要な条件について、ただ一つのことがはっきりと浮かんできた、ということを、その答えに至った経緯を含めて述べていきたいと思います。

日本中の”とんがりホテル”を取材して

ちょうど1年くらい前まで、僕は大学生をしながら、オータパブリケイションズという雑誌編集社でアルバイトをしていました。「週刊ホテルレストラン」という、ホテル業界専門誌を刊行している編集社です。その時に縁あって、自分のゼミの教授だった方と「とんがりホテル コンセプトが斬新な魅力宿」という特集を立ち上げることができました。その特集は、よりホテル間の競争が激しくなるこれからの時代に向けて、日本中のコンセプトが面白いホテルを見て回って、その斬新さを生み出す秘訣を取材しようというものでした。
そこで取材したホテルには、例えばこんなものがあります。

SUIDEN TERRASSE

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山形県庄内にある、地産地消のライフスタイルを表現するホテル。水田に解けこんだようなデザインが圧巻で、滞在者にまるで庄内の風土とホテルがつながっているかのように感じさせる。大規模な自家農園も保有しており、朝食やディナーでは、自家栽培の野菜をいただくことができる。風景から食事に至るまで、五感全体でのどかな庄内の風土を感じることができる。

DDD HOTEL

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「他人を活かして、自分も活かせよ」をコンセプトに、人々が集い、自分らしくいられるような空間を体現しているホテル。また、「一つの施設に様々な施設を詰め込み、化学反応を起こすことができるのがホテルの魅力」という考えをもとに、オーセンティックなフレンチキッチン、ストリートアートのギャラリー、デンマーク人のバリスタが淹れるカフェテリアという異質なジャンルの文化施設を一つのホテルに備えている。

LOG

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「尾道の寺町に灯りを灯す」という想いが込められた、宿泊機能を備えた複合施設。インドの一流建築事務所「スタジオムンバイ」によって設計された、ナチュラルで穏やかながら確かなパワーを感じさせる空間で、豊かな尾道の魅力を溢れるほどに受け取ることができる。

そのほか、いろいろなホテルを取材しました。
これらのホテルは、ただ滞在するだけでなく、そこで滞在する人に何か新しい発見をもたらすようなものばかりでした。
僕が幸いだったのは、ただ滞在するだけではく、取材して実際にそのホテルを立ち上げた方や運営されているリーダーの方々にじっくりとお話を聞かせていただくことができたことです。
その取材経験により、リーダーたちの考え方や、その考え方をどうホテルに反映させているかを学ぶことができました。
そして、そのなかで、これらの斬新なホテルに共通すること、つまり「これからのホテルに必要な一つの条件」が浮かび上がってきたのです。

どんな世界を望むのか

その条件とは、
「"豊かな生活"のあり方について、強烈なビジョンや明確なイメージがある」
ということです。
これらのホテルは、まず最初に、これからの世界がどんな風だったら豊かになるか、または、どう人々が暮らして行くとより良い世界になるかということに関して、はっきりとしたビジョンやイメージを持っていました。
SUIDEN TERASSEは、庄内という地域への愛と、その豊かさを伝える場としてホテルが建てられています。だから、全ての空間も、庄内の風景ありきでガラス張りの外に開いたデザインがされています。そして、庄内での生活のあり方を「晴耕雨読」というコンセプトにまとめ上げ、館内では拘ってセレクトされた本の数々が自由に手に取れるようになっています。また、わざわざ自家農園を保有し、その自家農園も単体で採算が取れるよう努力を重ね、拘って経営している点も、本気で庄内の農業を持続させようとしている覚悟が現れています。

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DDD HOTELは、コンセプトとともに「ミニマルラグジュアリー」というライフスタイルを滞在者に提示することによって、持続可能な社会を作るという目標を実現しようとしています。ミニマルラグジュアリーとは、必要なものだけを消費しながら豊かに暮らすという、持続可能な社会における人々の生活のあり方です。例えば、その考えに基づいて、部屋の中の備品は必要最低限に絞られています。しかし、それぞれのモノはハイセンスで、むしろ備品を絞ることによってそれぞれの存在が際立つようになっています。

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LOGは、素晴らしい歴史がありながらも、その交通の不便さによって時代の進化から取り残されてしまった、空き家だらけの寺町に新たな人の流れを生み出していくことによって、尾道という街全体の魅力を向上しようと努力しています。実際に、LOGが建ったことによって、LOGと繁華街を結ぶ道筋には少しずつ古い空き家をリノベーションした面白いお店が建ち始めたりもしていました。少し寂れた寺町の風貌も「良さ」と捉え、そこに馴染むように、経年するごとに町に馴染んでいくような薄いピンクの外観で施設は彩られています。

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LOGへと続く長い階段。この坂道が、尾道の寺町を近代の発展から隔絶した。寺町が帯びる寂びの気配は本当に素晴らしいが、反面空き家問題など深刻な課題を抱えている場所でもあった。地元の人でも、寺町には10年以上入ったこともない人がいるほど、人々の生活からは切り離されてしまっていた。

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薄くナチュラルなテイストのピンクの外観は、汚れやすい。しかしその汚れも含めて、尾道の寺町に馴染んでいく。


このように、まず、それぞれが思い描く豊かな生活への強い思いがあり、それを実現する形で様々なディテールが決まり、ホテルが作られているのです。

ホテルは、ライフスタイルそのものを取り扱う産業

「豊かな生活のあり方について、強烈なビジョンや明確なイメージがある」
僕が、この条件がこれからのホテルに必要だと言い切る理由は、ホテルが人の生活そのものを取り扱う産業だからです。人はご飯を食べるためにレストランへ行き、本を読むために図書館に行き、それぞれの目的に応じて行く場所が選ばれますが、ホテルに関して言えば、「滞在する」という総合的な目的のために選ばれます。滞在する、という中には、食べることも含まれているし、眠ることも含まれているし、本を読みたければ本も読めるし、人の生活に関する基本的なことが全て詰まっています。
つまり、”ホテルへ宿泊するとは、滞在者は、その宿泊の間だけ、ホテル側が作り上げた世界の中で暮らすことを意味します。
例えば、もし、滞在した人が、環境にものすごく悪影響を与えるような浪費を沢山しているホテルに泊まったとしたら、その人は一日、環境に負荷をかける生活をしている人として生きざるを得ない、ということになります。ホテル側が、滞在者がどのように暮らすかをある程度決定してしまっているからです。
逆に、もしそのホテルが、とてもハイセンスで、かつ環境に配慮したホテルだったとしたら、そこに滞在する人も、環境に配慮したセンスのいい暮らしで、そのホテルに泊まっている時間を過ごせることになります。そして、そこに滞在している中でセンスや考え方に感銘を受けたならば、そのアイディアを自分の住空間に持ち帰ることだってできます。
ホテルはあるライフスタイルのあり方を丸ごと、まさに生活空間のショウルームのように提示していて、滞在者はそれを選択して、服を着るように、そこに居る間はそのライフスタイルに染まって暮らすことになります。
だから、ホテルを運営するにあたって、豊かな生活のあり方について、強烈なビジョンや明確なイメージがあることは大切なのです。豊かな生活に関してちゃんとした考えがホテル側にないと、ゲストも豊かな生活を送れないのです。

これからの世界はどうなるか

今や、仕事のミーティングやセミナーではzoomなどビデオチャットツールを使うことが当たり前になり、この流れは不可逆に強まっていくでしょう。確かに会って話さなければならないこともありますが、それよりも、家や職場から出ずに相手と話すことによる空き時間の創出の方が圧倒的に有意義であることに、多くの人々が気づいています。これはすなわち出張に伴う宿泊需要が縮小していくことを意味するかもしれません。
また、依然としてレジャーの旅行は移動を伴うものであり、東南アジアを中心とした人々が経済的に豊かになるにつれて国際的な需要は膨らむとはいえ、VR技術などが発展するなかで、家から出なくても様々な場所へ旅行できるようになったり、そもそも旅行以外の娯楽の選択肢が増えてきたりするかもしれません。
特に、日本に限って言えば、ここ最近のオリンピック景気に乗っかったホテルバブルによってホテルの数が異常なくらい増えてしまっています。これは1995年くらいのバブル崩壊の時代とよく似ていて、当たり前ですが、実体経済が停滞したあとも計画が済んだホテルは建ち続けるため、経済に反比例して供給だけが大きくなり続ける状況になっているのです。
そして、これらの状況が表す未来は一様に、「ホテル同士の苛烈な争い」が始まることを意味しています。

"豊かさの意味"を考え続ける時代へ

僕は冒頭で、「コロナは新時代の幕開けなんじゃないか」と述べました。その理由は、コロナウィルスが、グローバルな経済発展を追求し続ける人類へ、自然から鳴らされた警鐘だと考えているからです。コロナウィルスによって、僕たちはローカルでミニマルな暮らしのあり方を考えざるを得なくなりましたが、それはすなわち、持続可能な社会を考えていくために必須なことだとも言えます。地球は、ウィルス蔓延という非常に重い形ではありましたが、このままの人間の生活では続かないよ、ということを私たちに教えてくれたのではないでしょうか。
さらに言えば、こういった「ライフスタイルの激震」とも言えるような世界的な事件は、これから十年や、または数年のスパンでもしかしたら起こっていくのかもしれないと、僕はなんとなく感じています。そのたびに、僕たちは豊かさの意味を考え直し、混沌とした時代の中にも意味を見出して暮らしていかなければならなくなっていくような気がします。

新時代の幕開けに、ホテルは何ができるのか

こうして考えていくと、自ずと、ライフスタイルそのものを取り扱うホテル産業の理想的なあり方がはっきりとしてきます。
当たり前ですが、倹約精神だけでは持続可能な暮らし方は実現できません。なぜなら人には欲望や感情があるからです。大切なのは、その欲望や感情を適切にデザインすることです。そのデザインの方向性をより、大量消費大量生産的なものから、持続可能で豊かだと感じられるものに変えていく必要があります。たくさんのものを消費して「満足した!」と感じるのではなく、社会的・環境的に意義のある生活や、ローカルに密着した文化的な生活をしていることに対して、「満足した!」と人々が考えられるように、何か新しいものを提示し続けていかなければならないのです。
豊かさに対して迷いやすい時代だからこそ、「豊かな生活のあり方について、強烈なビジョンや明確なイメージがある」という面白いホテルの条件は、これからはより必須になっていくでしょう。それを考えないホテルはナンセンスなホテルとしてコモディティ化の渦(つまり、誰も幸せにならない価格競争の渦です)に巻き込まれていくか、移動が減り続ける時代において、単なる拠点としての必要性がなくなり淘汰され消えていくと思います。

ぼくらホテルマンは、何をするべきか

そんな時代の転換点において、ぼくらホテルマンがするべきことは、
「たくさんの豊かなものや文化に触れて、たくさんの社会の課題に触れて、より多角的で深い知性や感性を獲得する」
ということだと思います。おもてなし、も大事ですが、それ以上に、社会をよく知ること、今知らなくても、貪欲に知ろうとすること、そして、混沌とした未来を自ら開拓していく精神を持つことが大切だと思います。
そして様々に吸収したそれらの要素を、ホテルという、衣食住、仕事も遊びも文化も全てを表現できる舞台で表現するクリエイターになるべきだと今は考えています。
もちろん、豊かさに対して明確な答えが出ることは珍しいと思います。むしろ、いろいろな要素を吸収すればするほど、自分のホテルに何を取り入れるべきか迷ってしまうかもしれません。ですが、それでいいと思います。ライフスタイルの先駆けを行く産業だからこそ、そこで働くのであれば、他の人々より早い段階で、より深く悩む必要があると思います。

ホテルという産業は、これからの混沌とした時代をリードする産業になれると思います。なので、もっと多様な人たちがホテル業界に参入し、正真正銘の「とんがりホテル」が日本中にできていって、宿泊という形で、いろいろなライフスタイルを全身で感じながら、みんなが豊かさを考えて生きていけるような未来が実現したら素敵だなあと思っています。

世界と調和する

20世紀は、発展の時代でした。
僕は、21世紀は、調和の時代だと思っています。
自然と、動物と、街と、文化と、歴史と、仲間と、子孫と。
地球と、調和して暮らしていく。
それが、もっとも大切なことだと思っています。

本来、全ての生き物は、地球の中で調和して生きています。
その調和を自ら乱せるほどの知性を獲得してしまった人類は、その知性をもって、地球と再び調和して暮らしていく方法を模索していく義務があるのです。

ある思想家の言葉で、「僕たちは、未来の子孫の先祖」という言葉があります。
僕たちは先祖として何をすべきか。その自問自答と、模索の試みこそが、未来の人々へ豊かさを引き継いでいくのです。

僕自身、まだまだその模索の入り口に立ったばかりですが、この考えを忘れずにホテルに関わっていきたいと思っています。

あとがき

今回のnoteは、いわば自分の生き方に対する決意宣言になりますが、これから、noteの発信という形で、自分が考えたこと、感じたこと、やっていることをアウトプットしていこうと考えています。twitterも、最近はあまり呟きませんがやっているので、フォローしていただければ幸いです。
TwitterID @Rikkun02091

※文中にある写真は、全て公式または筆者撮影(一部、連載時に取材同行していただいた方)によるものです。

SUIDEN TERRASSE 公式サイト
https://www.suiden-terrasse.yamagata-design.com

DDD HOTEL 公式サイト
https://dddhotel.jp

LOG 公式サイト
https://l-og.jp




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