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コロナに罹りました。

コロナ禍が始まり早3年。時が経つのは速いねえというオッサン度高めの感想を抱く社会人3年目、緊急事態宣言なんてものは遠い記憶の出来事となり、ヤツは5類へと移行し制限も緩和・撤廃された。街中を歩いてみるとマスクをしている人は半分程度になってきており、以前の日常が戻りつつある。
私はというとすこぶる健康な毎日を送っており、このまま感染せずに逃げ切り濃厚か?と思われたが、不幸にもコロナウイルスに冒されてしまった。周囲の人間が次々と陽性判定や濃厚接触者判定を受ける中、私は包囲網をかいくぐり続けて濃厚接触者にすらなっていなかった。ドッヂボールの最後の1人になったような気分。そして3年も経つとそんな人間はほとんど見られなくなり、もはやその事実は私のアイデンティティへと昇華しつつあった。
職場では

「いやあ、僕濃厚接触者にすらなったこと無いんスよ~!ご褒美に健康保険料値下げとかしてくんないですかねぇ~?」

という死ぬほど鬱陶しい自慢を吹聴して失笑を買っていた。発言当初はなんてこと無いと思っていたが、今こうして文にしてみると無性に腹が立つ。何言ってんだコイツ。
そんな発言は周囲の失笑だけでなく神の怒りも買ってしまったのだろうか、それから一週間も経たないうちにコロナ陽性判定を受けてしまった。我ながら見事なフラグ回収である。ざまあみろとしか言いようがない。こんなやつ健康保険料追加徴収されてしまえ!!

発症
日曜日の昼下がり、それまで元気だったにも関わらず突然訪れた倦怠感により私はベッドに倒れ込んだ。全身が次第に熱を持ち始め、追加サービスと言わんばかりに頭痛と悪寒のダブルパンチが襲いかかった。
「あ、これはヤバイやつだマジやばい」
急激な体調悪化により脳は極端に退化し、ギャルのような語彙力で独りごちた。
日曜日で病院も開いておらず、私には寝る事以外の選択肢が無かった。これコロナだったらどうしよう。明日の会社はどうしよう。
もう濃厚接触者の追跡は行っていないが、もしコロナだとしたらウイルスはどこで貰ったのだろう。今週は会社とスーパーしか行っていない。華金もサタデーナイトも独りで飯を食うという激烈に寂しいニ夜を過ごしたのだ。そんな俺がコロナ感染なんておかしくね?
みんな華金は彼女と飲みに行ったり土曜日は恋人とデートだったりで感染リスク高いことばっかりやってんじゃん!!!なんで俺が感染するの!?神様のいじわる!!!
と悪態をついたところで状況は改善しない。とりあえず今日は寝ることに徹し、翌朝の体調をみてから考えよう。トレーニングも休みだ。
明日には元気になってますように。という淡い期待を胸に抱き。枕に顔を埋めるようにして無理やり眠りについた。


陽性判定

翌朝、祈りも虚しく熱は下がっていなかった。
あ、こりゃだめだ。コロナか否かに関わらず今日は働ける状態ではない。上司に有休を申請し、了解の返事を受け取った私は芋虫のようにベッドに臥した。さて、これからどうしようか?とりあえず病院に行くべきか?
しかしコロナでよく言われる味覚異常や嗅覚異常は全く無く、のどの痛みもほとんど無かった。コロナではないのではないか?なによりももし陽性判定を受けたら「濃厚接触者にすらなったことが無い」というアイデンティティが瓦解してしまう。それに身体がだるく、病院に行く気力も乏しい状態だ。どうしようどうしよう…
さっさと病院行けよという声が聞こえてきそうなので話を進める。
躊躇はあったが、私はコロナになったことが無いなどという世界一くだらないプライドを捨て去って病院へ行くことにした。初めからそうしろよこのバカっ!!

病院へは診察予約をして行ったのだが、30分ほど待つ羽目になった。こんな時に優雅に待てる精神を持ちたいものだが、そんな境地に達していない私は苛立ちで数℃熱が上がっていたのかもしれない。
早くしてくれよマジで…。待合室でぶっ倒れるのではないかという危機感が頭をよぎった。もうだめだ、やっぱり帰ろうかな…
「まつしたさんどうぞー」
飛びかけた意識を看護師の声が引き戻した。私は曖昧な返事をし、千鳥足で診察室へなだれ込んだ。
担当した医師は若干高圧的で、
「はい今日はどうしたのお!?」
という発言で診察の幕が上がった。
え?初手タメ口っすか?という感情を一瞬で抑え込み、前日からの症状を訥々と語った。
「なるほど、じゃあ喉見てみようか。・・・うーんはいはい、あーこれはかなり腫れてるねえ」
え?かなり腫れてるの?喉の痛みはほぼ無かったため、そんなことになっているとは思わなかった。やはり素人の独断ほど怖いものは無い。
「多分コロナだと思うけど、検査しとく?」
俺車で行くけど、乗ってく?みたいなテンションで聞かれた。医師の軽ノリにまんまとハマり、気づいたときには
「あっ、ハイ」
という生返事が口をついていた。
そこからの医師は速かった。検査ってあれですか?鼻に綿棒入れるやつですよね?痛いんですよね?
という質問をするような隙を私に与えず、一瞬で距離を詰め、私の背後に回り込んで検査体制に入った。
多分この医師、殺し屋としても上手くやれるんじゃないか?
なんて考えが浮かんだ時には既に綿棒を鼻奥にブチ込まれていた。

「ンぐお!!!」

これまで感じた事の無い種類の痛みが鼻奥を襲い、声にもならない声が喉のあたりで爆発した。なんなんだろうあの痛み。トゲトゲの芋虫が鼻奥をドリルのように回転しながら這いずり回っているような感覚。しかし医師の腕が良いのか、その動作と痛みはすぐに終わった。
多分この医師、殺し屋だったとしたら一瞬で仕留めて苦痛を長引かせないタイプの奴だ。どうせ殺されるならこういう人に始末されたい。
「はい、じゃあ10分ぐらいで検査結果出るからね~」
陽気な声が診察室にこだました。わざとじゃないかと思うぐらいこの医師は一貫してフランクな態度を崩さない。
私は這う這うの体で待合室へ戻り、検査結果を待った。

あー何だか緊張してきた!
コロナなのかい、コロナじゃないのかい、どっちなんだい?
敬愛するなかやまきんに君のギャグが頭に浮かび、私はフッと笑った。こんな状況でも笑いを届けてくれたきんに君、いつか会えることがあったら「あの時はありがとうございました」と伝えたい。本人がどう受け取るかはこの際関係無いのだ。

さて、先ほどの検査については本当に10分ほどで結果が出たようである。こんな速く出るの?医学ってすごいですねえ。
まあ何だかんだあったけどコロナではないだろう、いやコロナだったら困る。あんなウザったいコロナ童貞自慢をぶちかましてしまったのだから…
頼む!陰性であってくれ…!と祈りながら診察室へ戻った。

さて、コロナなのかい、コロナじゃないのかい、どっちn
「これはコロナですねえ~!」

え…、そうなの…?
医師は私の尻が椅子に接触するよりも速く判決を言い渡した。
パワー!という叫びを上げることすらできず、脳内きんに君は音を立てて崩れ去った。ヤー…

医師はコロナで間違いないという太鼓判を押し、なぜかちょっと嬉しそうだった。何か今日良いことあったのだろうか?それとも判定が難しい微妙な検査結果ではなく、楽に判定できるものだったからだろうか?だとしたら私の検査結果は分かり易い症例として医学部の入門教科書的なやつにでも載せてやってほしい。

コロナに間違いないという不名誉な太鼓判を押されてしまい、唯一の自慢を失った私は戦意を喪失した。
しかしコロナが5類へ移行していたことが幸いし、隔離措置などは取られず薬を受け取って普通に帰宅することが許された。
直帰可能と言う免罪符を手に入れた私は胸を張って家へ帰るつもりだったが、「もし通行人にコロナ陽性者であることが知られたらどうしよう。」という変な被害妄想が湧いてきた。
「この人痴漢です!」みたいなテンションで「この人陽性です!」みたいに言われるのではないだろうか。
しかも私はただの陽性ではない。医師から太鼓判を押されるほどの陽性なのだ。バレたらまずい…。
逃走中の殺人犯が街中を歩くときってこんな感情ではないだろうか?さっきの検査では殺し屋に始末される気分だったのに、数十分後には殺した側へと立場が変わっている。
もちろんこんな考えは大袈裟である。通行人に後ろ指をさされたりすることは当然無く、真っすぐ帰路についた。事実は小説よりも平穏なのだ。

休養
擬似殺人犯体験を無事に終えた私は、陽性判定を受けてしまったことを上司に報告した。会社のルールにより回復後も金曜日までは外出自粛を余儀なくされ、出勤はできない。
あんな案件やこんな案件など、出社しなければ進められない数々の仕事が頭をよぎった。あー、こりゃ復活後は大変になるなーアハハ。私は力なく笑った。
翌日火曜日にはかなり体調は戻っていたが、全快とは言えない状態だったのでこの日も休みをとった。今は回復に専念すべきである。

水曜日。ようやく体調が回復し、在宅勤務という条件付きではあるが無事社会復帰を果たした。
しかし、人と会うこともなく黙々と作業し続けるだけの在宅勤務ってなかなか辛い。子供のいる先輩は「子供が泣いたり邪魔してきたりして在宅勤務は辛い」とおっしゃるが、孤独で会話が無い在宅勤務もそれはそれで辛いのである。これを楽しむ方法って何か無いものだろうか。
しかも人とほとんど喋らないせいで感覚が狂ったのか、いざ仕事の電話がかかってきた時に異常な高音で受け答えしてしまうといったミスを連発してしまった。
「こいつヘリウムガス吸って仕事してやがる」
とか思われてなければ良いのだが…
とかまあ要らぬ心配を抱きながらも水木金という3日間の在宅勤務を終え、土曜日からは外出自粛の縛りも解かれ、娑婆に出ることを許された。

この1週間で私は唯一とも言える自慢を失った。
「コロナに罹ったことがない」
そして代わりに得たものは何かと言われると特に何も無かった。体調を崩す要因は今振り返ってみても見当たらず、反省することもできない。
あーこれからは何を自慢して生きていけばいいのだろう。マウント取られっぱなしの人生ではあるが、私だって人間だ。たまにはマウント取りたい時だってある。
そして忘れかけていた事実が悪魔の囁きとして脳内にこだました。

「私はインフルエンザに罹ったことがない。」

二度目のフラグ回収はごめんである。
このことは吹聴しないようにと固く誓った。

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