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かつどん

写真は、坦々麺である。カツ丼ではない。

話せば長いことながら、2018年の夏に遡る。わたしたち夫婦は、ムスメが所属する吹奏楽部の県コンクールの応援に行った。ムスメは1年生でまだ楽器が吹きこなせる状態ではなく、当然のことながら応援メンバーだったのだが、私たちは夫婦で出かけた。吹奏楽どころか、音楽に全く素養のないわたしたちは、どの学校がうまいのかうまくないのか、あまりよくわかっていなかった。ただ、ムスメの先輩たちが金賞と推薦をもらって、九州大会に行けますように、と思っていた。

昼食の時間となり、わたしたちはホールから近い定食屋に入った。店に入って気づいたが、その店は就労支援が必要な人たちの共同作業所だった。メニューには偏りがあって、ほとんどが揚げ物だ。せっかくだから、わたしはげんを担いで「カツ丼」を頼んだ。オットは唐揚げ定食。ほぼ完食に近い時、オットが目をカッと見開いて「あ、そういうことか」と言った。「それって、カツってことね?」と確認するので、「そうだけど?」と返したら、すぐさまお店の人を呼んで、カツカレーを追加注文した。
「そんな、無理しなくてもいいんじゃない?」と言ったのだが「やっぱり、それを聞いてしまったら、食べておかないと。あの時、俺も食べておけば良かったのにと思うことになるのはいやだから」と言って、目を白黒させながらカツカレーを胃袋に押し込んでいた。もしかしたら、わたし一人のげん担ぎでは頼りなかったのかもしれない。その大会で先輩たちは金賞、推薦をもらって九州大会に進出した。不思議なことにオットもわたしも、なぜか自分たちが役に立てたという気持ちになっていた。

九州大会に応援に行く時は、前日にカツを食べておいた。先輩は全国大会出場を決めた。

2019年、ムスメは2年生になりコンクールの出場メンバーになった。そしてチームは、地区、支部、県、と順調にコマを進めて行った。もちろん、わたしたちはその食堂で毎回、カツを食べてきた。もうオットとわたしは、この食堂でこれを食べないとダメ、くらいに考えていた。

さらにオットが『カツの威力を確信した』というのは、県大会の時。九州大会に出場が決まっている他県の強豪校が、コンクールを見に来ていたのだ。そして昼食時、わたしたちと同じ食堂に入った彼らは、なんと生姜焼き定食を食べたのだった。斜め後ろの席で、彼らが注文するのを見ていたオットは「あ、これはダメかも」と思ったらしい。オットはすでにこの食堂のカツを神格化していたのだった。

九州大会では、その強豪校は素晴らしい演奏をしたのだが、僅差で全国大会進出を逃した。オットは「やはり」とあの食堂のカツの力を確信したらしい。ムスメの学校が全国出場をしたのは、俺がげん担ぎをしたからだ、と言ってもいいくらいに自信を持っていた。ちなみに、オットは出張のため、応援には行かなかったが、カツは食べていた。

さて、昨日のことである。オットが「あの食堂にカツ丼でも食べに行くか」と言った。「え、なんで?」と尋ねるわたしに「来週、入試だろう」と答えた。あー、なるほどね。実は、わたしたちは毎回カツ丼やカツカレーを食べてきたが、ムスメ本人は食べてはいない。それなら、と今日3人で出かけた。いざ食堂に着いたら、店はシャッターが降りて準備中の札がかかっていた。ググってみたら、土曜が定休日だった。

これは…とうなだれるオット。致し方なくその辺りをうろつき、なんとなく入った中華料理屋の坦々麺がとてもおいしかった次第である。そしてオットは「明日、仕切り直しだ」と言っていた。

まあ、それもいいのだが、太宰府天満宮が割と近くにあるのに、神頼みではなく、カツに頼ろうとしているのはなぜだろうか。

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