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さいごの

わたしがちょっと外に出た時、蚊を連れてきたらしい。急にムスメが、「ぎゃー。蚊が飛んでる!」と騒ぎ出した。わたしが部屋に入って、1分も経っていないというのに、もう刺されたらしい。一方で、わたしはちっとも刺されていない。やはり蚊といえど生き物。うまいものは本能で察知できるようだ。ムスメは「わー刺された!!!痒い!!」と足首から下をボリボリと掻きはじめた。

「掻いちゃだめだよ」と言うが、ムスメは我慢できない。塗り薬を手渡すまでの間、ずっと掻きむしっていたので、薬を塗ると「しみるーー!!!」と再び大騒ぎである。

このところ、わたしは加齢が顕著である。蚊の羽音も聞こえなし、もはや刺されることもない。「どこだどこだ」と蚊を探すが、羽音がしないので、ちっとも見つけられない。

「ここにいる!」とムスメが両手を広げて撃ち落とす構えを見せた。だめだ、蚊は横から叩いたら風圧で逃げる。上下に挟まないといけない、と言おうとしたが間に合わない。「逃げた!」と悔しがるムスメの周囲を見回すと、蚊が網戸から外に出ようと画策しているのが見えた。そうか、食事も終わって、あとは卵を産みつけるためにどこかへ行きたいのだな。ムスメの血を吸われたが、殺生をするもどうかと思ってわたしは網戸を開けてやった。しかし蚊は膨れた腹が重いのか、うまく出ることができない。

不器用なわたしが指先で、蚊を「こっちだ」と追いやってみようと試みたのだが、プチ、と潰してしまった。みごとに赤い液体が指先についた。ムスメから吸いとった血液である。南無…。

ムスメは刺されたところを数え、「6ヶ所も刺された!」と憤慨していた。「しかしすごいね、この短い間に6ヶ所も刺すとは」と言ったら、ムスメは「ふん!それがお前の最後の晩餐になったがな!」と強めに言い捨てて、部屋を出ていった。

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