見出し画像

そうしつ

わたしは記憶力が低下している。記憶力だけではない。思い出し力が駄々下がりだ。主語が「あれ」とか「あの」とかで、固有名詞が思い出せないことは日常だが、すんなりと言葉が出にくくなっている。まずい。これはなにか策を講じていかねばならぬ。

昨日、職場から戻ってすぐに整形外科に出かけた。小さなトートバッグには、財布、ハンカチ、本、スマホを入れていた。自転車に乗って寒いなあと思いながら行って、リハビリが終わると、寒いなあと思いながら帰った。

その後の記憶がない。

今日、オットは出勤で、早朝から留守。わたしは一日中、どこにも出かけずに、ムスメと二人で朝ごはんも昼ごはんも家で食べた。ついさっき、「塾に行く時間だよ」と言ったら、ムスメがお腹が空いたと言う。そうか、晩ご飯の用意を全くしていなかった。仕方ない。お金をあげるから、コンビニで何か買いなさい、と財布を出そうとした。ない。トートバッグがどこにもないのだ。所定の場所だけでなく、置きそうなところを探すが、見つからない。置きそうにない場所まで探したが、当然ながら、ない。

待てよ…。リハビリから帰って、どこに置いた?そもそも、整形外科を出る時に、自転車の前かごに入れたところまでは覚えているが、玄関の鍵を開けた時に、持っていたかどうかさえ思い出せない。「えーっと、ただいまーって帰ってきて、ここにこう、上着を脱いで、それから手を洗って…」と記憶の糸を辿るが、全く思い出せない。記憶喪失だ。

ムスメが「洗濯機に間違って入れたりしてない?」「お父さんが間違って持って行ったとか?」などと、全くもって見当はずれのことを言う。『間違って』と冠がつくあたり、わたしのことはかなり信用していないようだ。

どうしよう、財布の中には、現金の他に、運転免許証、健康保険証(わたしとムスメの分)、クレジットカードが3枚、キャッシュカードが1枚、そして数々のポイントカードや診察券が入っている。「それ絶対、お父さんに知られたらやばいやつじゃん」とムスメが言う。そうだ。知られたらまずい。でも、健康保険証を紛失したら、オットに話すしかない。

昨日、どうだったか…。よれよれで、晩ごはんもテキトーにレトルトカレーなんぞを食べた。朝5時起きでお弁当を作ったり、職場でも緊張する場面があって、とにかく疲れていた。

「大丈夫!出てくる出てくる!ほら、なんだっけ、ニンニクニンニクって唱えるといいよ!」ムスメは小さい頃『なくしものをしたら、意地悪魔女が隠しているので、ニンニクと唱えると良い』という話を覚えていて、その呪文を唱えろと言う。そうか、わかったよ。ニンニクニンニクにくにくニンニク。「あれ?なんか途中、美味しそうなのがはさまったね」と言いながらも、わたしと一緒にあちこち探してくれる。しかし、その場所が、風呂場とか、冷蔵庫とか、まったくお呼びでない場所ばかりなのが笑う。

でも出てこない。どうしよう。「もしかして、わたしが自分のリュックに間違って入れてしまったとか?」と、自分のリュックもひっくり返してくれた。ない。

覚悟した。クレジットカードを止め、免許証紛失の届出をし、オットに健康保険証を紛失した話をしなければ。憂鬱だ。

「あれ。もしかして、これじゃない?」とムスメがカーテンの内側から何かをひっぱり出してきた。あ〜!それそれ!ありがとう!!でも、そんなところに置いた記憶はまったくない。「よかったじゃん」とムスメが笑う。

よかった。よかったけど、これ、いずれ見つからなくなることだってあるんだな、と思うとゾッとする。



サポートいただけたら、次の記事のネタ探しに使わせていただきます。