見出し画像

すきっぷ

通勤路にリトルフリーライブラリー『ひらおぶんこ』がある。本当に小さな箱がビルの駐車場にポツンと置いてあるだけだが、その箱の中にはこども向けの絵本やお話の本、ママたち向けの本がキュッと並び、眺めているだけで思わずにっこりしてしまう。

箱の前にしゃがみ込んでいる幼稚園くらいの子たちと、そのママたちを見かけたことがある。これにする?こっちにする?と絵本を選んでいた。あ〜、いいな〜、かわいい〜、と声に出てしまって、そそくさとその場を離れた。

ある日は、女子高生がじっと箱を見ていた。そーっと手を伸ばして、箱の扉を開けようか、どうしようかと迷っているようだった。大丈夫、誰でもその扉を開けていいんだよ、と心の中で応援しながら横を通り過ぎた。ちょっと先まで行って振り返ると、その子は一冊の本を手に取り、ページをめくっていた。よしよし。

そんなふうに、この一年間、折に触れて『ひらおぶんこ』の箱を眺めていた。本を借りたことは1度だけあるが、返すのがあまりに遅れたので、それ以来、「いつかまた貸してください」と念じながら通り過ぎていた。

数日前、出勤前に箱の前を通ると、メッセージが見えた。箱は黒板のように、チョークで文字や絵を描くことができる。いつも、誰でも書けるようにチョークが置いてあるのだが、これは運営さんが書いたものだろう。

お祝いの言葉が書いてあった。


いっぺんに心が洗われた気がした。悪い憑き物がドドッと剥がれ落ちていくような、ガーッと洗濯機に回されて、汚れが遠心力で吹っ飛んでいくような、そんな気持ち。心がブワーッと軽くなるのを感じた。世界には損得勘定とは無縁の、キレイなものがまだまだあるのだ、と教えてくれた。

この一年間「いい人でありたい」と思っていても、心はいつの間にかドロドロとしたものに染まっていった。振り払っても振り払っても、それはわたしを蝕んでいった。だが、それは誰かがわたしの心を汚しているのではなく、自分の心の持ちようが原因だったということをこの箱を見て思い至った。

うつむくことなく、顔を上げて歩いていれば、汚れたものは落ちていくのだ。キレイなものを見ようとする努力が、汚れたものを寄せ付けないのだ。憶測でいろんなことを悪く見ないことだ。

なんとなくスキップしたい気持ちになったが、オバサンの体はそうは動かない。気持ちだけスキップして家路についた。

サポートいただけたら、次の記事のネタ探しに使わせていただきます。