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がんばりすぎる人に

地下鉄を降りて、エスカレーターに乗った。前に立つ女性は、鮮やかなイラストが描かれたバックプリントの上着を着ていた。

そのイラストは、テレビ画面のようだった。左上には23:59と時刻を表す数字があり、画角の真ん中には若い女の子がプリキュアみたいなコスチュームで、魔法の杖のようなものを握ったまま、ガレキの中に倒れている。目に涙が浮べて悲しそうな顔だ。そして、テロップのように画面の下の方に、こう書いてあった。

「だってボロボロにならないと誰も私に 
 頑張ったねって言ってくれないじゃない」

なんの引用だろうか。それともブランドのオリジナルか。

ボロボロになって倒れて初めて「頑張ったね」って言われる存在。頑張っていることが当たり前で、難しいことも簡単にやってのけると思われている。スーパーヒーローたちは、こんな悩みを抱えているのだろうか。テレビの中で活躍するスターと呼ばれる人たちも。

ある俳優が結婚した時、結婚相手のことを「僕のことを、このどうしようもないダメな僕を支えてくれる人なんです」と言った。当時、彼は飛ぶ鳥を落とす勢いで、映画にドラマに舞台にCMにバラエティにと、大活躍をしていた。何もかも順風満帆に見えていたので、「どうしようもないダメな僕」なんて想像したことがなかった。全てがうまくいっているようで、羨ましくさえあった。でも、彼は辛かったのだ。ぎっしり詰まったスケジュールをこなす毎日に、そんな弱い自分を見せることができて、受け止めてくれる人がいたのなら、どれだけ安心できただろう。

誰かがボロボロになる前に「がんばったね」「がんばってるね」と声をかけることができたら、きっとその人は報われる。評価の積み重ねは自信になるはずだ。わたしはそんなふうに誰かに声をかけることができるだろうか。周囲の人のがんばりに気づくことができるだろうか。救いの手を差し伸べるとか、そんな大それたことじゃない。ただ「がんばってるね」とか「いつもありがとう」と声をかけるだけなのに、思いのほか難しい。

でもボロボロになる前に。元気そうなあの人が、順風満帆に見えるあの人が、誰にも気にかけてもらえず「透明人間になったみたいだ」と思う前に。

アンテナを張っておこう。




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