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名前…。

高級食パンをいただいた。紙袋に「高級食パン専門店」と大きく書かれているから、きっと高級なんだと思う。

オットが「それなら晩ごはんをサンドウィッチにしよう」と言った。高級食パンは、一斤丸ごとだから、切らねばならぬ。バターがしみ出してつやつやとしたパンの角に、ナイフの刃を当てる。スーッと切れた。ゴリゴリと刃を前後に動かすとたいていのパンはボロボロと表面が崩れる。しかし、このパンは断面が美しい。さすが高級食パンはちがうねえ、と心の中でつぶやく。

卵サンド用にゆで卵をこしらえ、ウインナーやベーコンを焼く。マヨネーズにマスタードを混ぜ込み、キュウリをスライサーで薄く削ぐ。トマトを薄切りにする。着々と具が揃う。

「当日は、焼かずにそのままお召し上がりください」と、パンのしおりに書いてある。わたしたちは、ふわふわのパンに思い思いの具をのせ、オープンサンドにして食べた。手に取るとふわっとした感触なのに、具を乗せると弾力もある。イーストのパンくささがなくて、柔らかくクリーミーな味わい。噛むとスッと溶けるかと思ったら、そうでもない。モチモチした噛み応え。さっぱりしたキュウリやコクが増したマスタードマヨネーズに合う。もちろんベーコンの脂っこさにも、まろやかな卵のペーストにも合う。「うまいうまい」「おいしいおいしい」。どうして人は、感激すると2回言うのか。そしてなぜ3回は言わないのか。

ところでこのパン屋の名前はなんだっけ?と袋を見た。『偉大なる発明』と書いてある。ところが、だ。わたしにはこの名前がどうしても頭に入ってこない。紙袋やしおりを見て、ああそうだった、と思う。わずか2時間の間に、何度も忘れる。

「ものすごい発明」だったか?
「高級な発想」だっけ?
「大いなる発見」?

ここまで頭に入らないネーミングも珍しい。多分、ある種の嫌悪感があって、わたしの脳が拒絶しているのだ。紙袋に描かれたイラストも苦手なタイプ。そのネーミングとイラストは、自信に満ち満ちて、堂々としていて、上から見下ろすような、そんな印象なのだ。高級食パンと大きく書かれていることも、苦手要素だ。「わたしに似合わない」と感じてしまう。

その食パンをくれた友だちは「えー、所詮パンでしょ?食べて、美味しかったら、それでいいのよ。ありがたがる必要もないし、ひがむ必要もない。ただ、美味しかったら『ああよかった』でいいのよ」と言うだろう。彼女は常に冷静で公平で弱きものを下に見ない。

いやはや、食パンごときを前に怖気付くほど、自分を卑下しているのかと、我ながら呆れたが、ムスメがもぐもぐと食べながら、若者に流行りの話し方で言った。「それにしても、名前。」
わたしも、若者言葉をまねして言った。「それな!」

(ヘッダーの写真は、商品とは関係ありません。イメージです。)

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