見出し画像

ばつずい

歯が痛い。一週間、我慢した。ちょっとくらいだから、治るだろうと思っていた。それが、日に日に痛みが増していく。ついに眠れないほど痛くなった。

やっと重い腰が上がって、歯医者に行ったら、「あっ」と歯科医が表情を変えた。レントゲンを撮りましょう、と促され、重い鉛のエプロンをかけられた。小さいフィルム版を口の中に差し込まれ、ピーと短い音がして撮影は終わった。

そのまま、ちょっと待っててくださいね、と歯科医が結果を見に行った。部屋の外で声がする。「あーこれは抜髄せないかん」「抜髄ですか…」「うん抜髄」看護師と医師が念には念を押すように同じことを言った。「ばつずい」つまり、神経を抜くという話だ。

「歯根に病巣があります。ここ」と歯科医は、レントゲンに写った白っぽい丸い塊を指さしていた。「はあ…」わたしには、それがどういうことかわからない。
「これは細菌の塊で、すでに神経がやられてしまっています」
歯が痛いのに?と思ったが、歯科医が触ると、痛い歯の隣の歯は何も感じない。「神経が死んでいるからです」
つまり、治療が必要なのは痛い歯ではなく、痛くない方の歯だった。

「このままにしておくと、大変です。削りますよ」と、麻酔をしたのち治療が始まった。歯が削られるのは怖い。鋭い音がするし、いつ痛くなるかわからない。だが、痛くなかった。麻酔のせいもあるだろうが、本当に神経が死んでいるのだなと思った。

治療が済んで歯科医が「痛み止めと抗生物質を8時間置きに飲んでください」と言った。飲んだはずの痛み止めが効かない。うっすらといつまでも痛くて、薬が切れかかってくると激しく痛み出す。あれ?ということは、薬はちょっとは効いているということか。

体の機能が衰えているのはわかっている。だが最近は、ほんのちょっとバランスが崩れると、ガタッと悪化する。

「死」は大きな病を患ったり、何らかの事故に遭ったり、大事件の結末として劇的にやってくるのだと、子どもの頃は思っていた。だが、こうして体のパーツが少しずつ傷んだり、機能を失ったりしながら、故障するかのようにある日パタリと止まってしまうこともあるのだな。

どこまで書けるか。いつまで書けるか。



サポートいただけたら、次の記事のネタ探しに使わせていただきます。