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おふしろ

現時点で、『福岡市 オフシロ』と検索すると、BARのデータが出てくる。そして、『営業中 営業終了2:00』の文字が表示されている。しかし、実際には、今、明かりはついてない。

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初めて行ったのは、仕事の大先輩に連れられて。それから自分一人でも寄るようになった。マスターとその奥さんが二人でやっているお店で、気さくな二人はいつでも笑顔で、酔っ払ったわたしの話を「ウンウン」とただ聞いていてくれた。誰に対してもその態度は変わらず、お客さんは年配の男性もいたし、社会人になったばかりの男女もいたし、とにかく幅広い層だったと思う。

大好きな店だったが、わたしが妊娠、出産してからというもの、夜の外出も飲酒もできなくなったので、足が遠のいていた。その後、離婚されたと風の噂で聞いて、耳を疑ったが、それはどうやら事実のようだった。

この17年間、たまに店の前を通るとき、2階の窓を見上げていた。わたしは昼間しか通らないから、シャッターは降りているし、窓も閉まっている。でも、マスターの醸し出す、あの雰囲気がそこには確かにある、と思えた。

先日、本当に久しぶりにメッセージをもらった。それは短い報告で、「久しぶりに〇〇に飲みに行ったら、大将が相変わらずでした!」という内容だった。(〇〇という飲み屋は、これもわたしが若い頃に通っていたところで、大将の無愛想さが人気の一つという店だ)
わたしは返事に「お久しぶりです!お変わりないですか」と書いた。その返信には、「末期がんだけど、なんとか安定してるので、元気ですよ」と書いてあった。目を疑った。

会いに行きたいな、マスターのフルーツカクテルを飲みたいな、と思ったが、叶わなかった。でも、安定しているなら、まだ時間はある、と思っていた。

しかし、今夜がお通夜で、明日の昼、葬儀だという連絡を受けた。うっそ。

「今度、一緒に飲みに行きましょう。ご馳走しますよ」と誘ってくれたことがある。夕方6時ごろ、待ち合わせの場所に行ったら、最初に「3軒まわりますよ」と言われた。
もうあまりよく覚えていないのだが、街の小さなカクテルバー、ちょっと高級感のあるバー、ホテルのラウンジ、だった気がする。そして、「どの店でもジントニックを頼んでください」と言われた。
3軒ともバーテンダーがマスターのお知り合いのようだった。ジントニックをオーダーすると、マスターはわたしに耳打ちするように小さな声で「いいですか。ジントニックでバーテンダーの腕前がわかります。店によって全然味が違いますからね」と言った。
1軒目は「おいしい」と思った。2軒目は「さっきの店よりもまろやか」と思った。3軒目は「あら。全然違う」と思った。

3軒目を出た後、マスターは、「飲み比べって、面白いでしょう?」と目を細めて、「じゃ、気をつけて帰ってね」と言った。午後8時くらいだった。わたしはその頃、夜中まで飲むような毎日だったが、この時に深酒はいけないことなんだな、となんとなく思った。お酒の飲み方を教えてくれたのだ。

そういえば、友だちに呼び出されて、オフシロに行ったことを思い出した。「俺の高校の同級生がな、宇宙人の写真を持ってきているんだが、来てくれないか」と言う。「?」と思って行ったら、宇宙人と遭遇して一緒に写真を撮ったという人が写真を見せながら、延々と宇宙の話をするので、わたしはそれを聞いて、「不思議なこともあるものだね」と、ただ相槌を打っていた。友だちは「いやあ、おまえならこいつの話を聞いてくれると思ったよ」と言うので、これまた「?」と思ったが、その一部始終をみていたマスターが、「りかよんさん、ずっと変わらないでいてくださいね。そのままで」と言って、さらに「?」と思った。お人好しに見えたのだろうか。それとも、達観したように見えたのだろうか。ま、前者かな。

「オフシロ」ってどういう意味ですか、と聞いたことがある。アパレルの世界では、オフホワイトのことを「オフシロ」と呼ぶのだ、と教えてくれた。では、どうしてオフシロと名付けたのですか、と聞いたのだが、その答えは、忘れてしまっている。「好きだから」だったかなあ。「何色にでも染まる」だったかな。

あちらの世界でまた会えたら、ジントニックを飲みながら、そのあたりをもう一度聞くことにしよう。わたしはもうしばらくこちらで頑張りますので、もう少し先になるとは思いますが。
ありがとうマスター。ありがとう。



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