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呪いのおにぎり

おにぎりが苦手だ。悪魔のような思い出が蘇る。

食べるのは大好きだ。ごはんがぎゅっと締まって、歯ごたえが程よくあった方が好みだ。がぶりと噛んで具材に到達した時の喜び。「お米が口の中ではらりとほどけて…」みたいな上品なものより、『もぐもぐ』と音がしそうなくらいの『かたまり感』の方がいいと思う。

苦手なのは、作る方だ。同じサイズに作れない。運動会のお弁当など、よそのうちは、お重に整然と美しく並んでいるが、うちのおにぎりは凸凹だ。「先頭基準、前へならえ!」とか言われても「あ、背の順じゃなくて、出席番号順なのね」と思うほど、高さも幅もまちまち。大きさが不揃いだから、巻かれた海苔も、はみ出したり、足らなかったりで、見た目が悪い。

高校3年生の春だったと思う。みんなで海辺にピクニックに行こう!となった。どんなみんなだったか忘れたが、多分、クラスの男女6〜7人だったと思う。女子が3人だったかな。そして、どういうわけだったかも忘れたが、「女子はお弁当を持ってくる」という全時代的な約束ごとができた。そうなると、「やっぱりおにぎりでしょう」、ということになり、女子たちは「じゃあ、4つずつね!」とかなんとか約束をしたように思う。

わたしは考えた。持っていくのは1人4つくらいで足りるのか?参加者に対して割り当ては2個か3個くらい。高校生男子の胃袋は底なしだから、1つのサイズは自ずと大きくならざるを得まい。そこで、わたしが作ったのは、お茶碗1杯(大盛りめ)のごはんに梅干しを押し込み、贅沢にも大判の海苔1枚で包んだガッツリ系の爆弾おにぎりだった。ずっしりと重いおにぎりを抱え、わたしは集合場所に到着。様子がおかしい。ああそうか、今日は制服じゃないから、みんなの私服を見慣れていないからだね、と思った。でも、ピクニックだよね?なんでみんなサマードレスみたいなワンピースを着て、ビニルバッグに可愛いサンダル?そのつばの広い帽子はどうなの?リュックを背負って、スニーカーに半ズボンでTシャツなのは男子とわたしだった。『おい。おいおい。』森崎リーダーばりに心の中で叫けんではみたものの、声には出さず、「おっはよ〜」と明るく挨拶。

海辺に着くと、砂浜に到達する手間に、ちょっとした岩場があった。ほらね、こういうところは、スニーカーじゃないと…と思って振り向いたら、女子はみんな、男子から「足元気をつけろよ」「大丈夫か」とか声をかけられ、「きゃっ!」とか滑ったりして、「ほら、つかまれよ」とかなんとかぶっきらぼうに男子が腕を差し出したりしていた。…まあいい。それはいい。わたしの方は、そういう構われ方が苦手だから、まあ、気にしない。

ビニルシートを敷いた。これまたカルチャーショック。女子はかわいいスヌーピーやサンリオのキキララ(当時、大流行していた)などの絵柄の入ったシートを並べた。わたしはピクニックの定番、チェック柄の安っすいビニルシートを広げた。(新聞紙も持っていたが、さすがにそれは出さなかった)

さすがにまだ海水浴はできないので、平たい石を拾って水切りをやったり、砂浜に落書きをして遊んだ。

やがて、お弁当タイム。男子がワクワクしているのがわかる。女子たちがお弁当を広げ、わたしは血の気が引いた。そこには「おにぎりね」の約束を「おにぎりだけ」と勘違いしたわたしが悪うございました!とひれ伏す光景があった。定番の卵焼き、タコさんウインナー、彩りよくブロッコリーやプチトマト、とうもろこし。さらにはおにぎりも混ぜご飯で作られて、鮭のオレンジ、ゆかりの紫、青菜の緑と、カラフルでかわいい、一口大のおにぎりがずらりと並んでいた。「4つって言ったけど、お母さんがそれじゃ足りないよ、って言うから、多めに作っちゃった♡」と言っている。

どのくらいたっただろう。多分、1〜2秒だったとは思う。でもわたしは果てしない時空の向こう側へ飛んで行った気がした。海風がわたしの頰をサーッと撫でていく。ひんやりとした空気にハッと気を取り直し、「ええい、ままよ!」と、開き直って自分のお弁当を取り出した。大判のハンカチの結び目をほどく。ゴロンゴロンと、ラップに包まれた爆弾おにぎりが4つ。男子たちの笑い声が響く。「なに〜!この違い!」「男らしいぜ!」。女子たちは微笑みながらも、何も言わない。言えないよね、うん。それもわかる。

少女漫画なら。ここでぶっきらぼうなひとりの男子が「おう、みんな、食おうぜ」とか言って、わたしの爆弾おにぎりを最初に手に取る。そして黙って、もぐもぐと食べ始める。他の男子も、「いっただっきまーす」と嬉しげにお弁当を食べ始める。そこに波の音。柔らかい春の日差し。ちょっとうつむいたわたしは、ぶっきらぼう男子にホロっと恋の芽生えが。…とか、なるんじゃないか?

現実はこうだ。「あー、やっぱそうだよな!おにぎりは、こうでなくちゃ!うん!立派だなあ!これは!」と、セリフ棒読み男子が本当に気を遣っていますと言わんばかりにわたしのおにぎりを食べ始めた。みんなも「じゃあ、いただきます!」とワイワイお弁当を食べ始めた。「あ、こっちのも食べて♡」「わー、これベーコン巻いてあるの?」とかなんとか。もちろんわたしは、自分のおにぎりを食べる。春の穏やかな波の音がわたしには日本海の怒涛の荒波に聞こえた。

そんなわけで、おにぎりを握るたびに、あの悪夢の一幕が一瞬、脳裏をよぎる。あの時みたいに大きくなりすぎないように、と気をつけながら握るのだが、具を入れるとどうしてもごはんが多くなる。具がはみ出さないようにごはんを足すからだ。大きさが全く揃わないのはそのせいだ。少なすぎて小さすぎることも多い。おにぎりはむずかしい。試行錯誤がまだ続いている。

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