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社会を変える、行政とデザインの現在

先日、特許庁主催の「社会を変える、行政とデザインの現在~スウェーデン Vinnova デザイン・ディレクターDan Hill 氏を迎えて~」というイベントに参加しました。ストラテジックデザイナーとしての彼の実経験を交えた話が伺え、示唆に富んだ素晴らしいトークイベントでした。

▽イベント概要

いま世界の公的機関におけるデザインの役割が大きく変わりつつあります。
この度、特許庁ではスウェーデン政府イノベーション庁Vinnovaのストラテジックデザイン・ディレクターDan Hill氏をお迎えして、トークイベントを開催します。ArupやFuture Cities Catapult、Fabrica、SITRAなど世界的な機関でリードポジションを歴任し、欧州各地の公的機関におけるデザインのあり方を開拓するDan Hill氏とともに、これからの行政とデザインのあり方について考えていきます。

 Dan Hill(Vinnova ストラテジックデザイン・ディレクター)
スウェーデン政府イノベーション庁Vinnovaのストラテジック・デザインディレクター。デザイナー・アーバニストとして、ArupやFuture Cities Catapult、Fabrica、SITRA、BBCなどの世界的な組織で指揮を執る。またロンドンのUCL Institute for Innovation and Public Purposeにて客員教授、メルボルンのRMITにて非常勤教授、ロンドン市長直下のDesign Advocatesを務める。
引用元:https://jpo-danhill.peatix.com/

わたしは、学生時代にサービスデザインを学び、現在はIT企業で働いています。前述のイベントの内容は、デザイナーとしてのわたしが持っている思想や抱いている希望に非常に近いと感じたため、このnoteを公開するにいたりました。個人の視点で残したメモをベースに他の本などを参考にしながらリライトしています。聞き漏らしや解釈違いなどもあるかと思いますが、何卒ご容赦ください。

デザイナーのスキルを従来とは別の文脈で活かす

建築・プロダクト・広告・ウェブ・UIなど、デザイナーがデザインの対象としていた従来の商業的分野以外に、デザインの思想やスキルを別の文脈にもちこむことが新しいデザインのあり方になりうるのではないかとDanHill氏は語っていました。その1つこそがまさに、彼が実践している公共分野のデザインです。

DanHill氏が上げたデザイナーが普遍的に持つ基本的スキル
Resasrch 情報に基づいて、インサイトを得る
Translation  情報を整理し、人に伝わるかたちに翻訳する
Speculation  デザインを通して起こりうる可能性を思索する
Empathy ユーザー・ステークホルダーに共感する

上記4つのスキルは、ほとんどの分野のデザイナーが持つ普遍的なデザインの基本スキルです。デザイナーはこれらのスキルを活かすことで、公共機関が面する厄介な問題(Wicked Ploblem)に対処する有望な解決策に繋がるヒントとなります。

厄介な問題(Wicked Problem)…社会が抱える、正解のない解決困難な問題のこと。「意地悪な問題」「邪悪な問題」とも呼ば得れる。

また、従来のデザイン分野において思考[thinking]と同様に実践[doing]に重きが置かれているように、新しい分野にデザインの文脈を持ちこむ場合も同様です。デザイン思考[design thinking]だけではなくデザイン実践[design doing]が非常に重要であることも忘れてはいけません。
(この話は長くなるので、あまり深く触れませんが機会があれば書きます)

公共機関のデザインが取り組む課題とはなにか

では、公共機関ではどのような課題に向き合っているのでしょうか。それらの課題は、民間企業だけでは解決できないのでしょうか。

新たなサービスが生み出す課題

民間企業がビジネスを通してイノベーションを起こすことは、未来の可能性を拡大していく原動力になります。しかし一方では、UberやLyft・airbnbのように、新しい技術やサービスが新たな問題をもたらしているのも事実です。

UberやLyftなどの配車サービスが普及したことで、アメリカの大都市で深刻な渋滞を引き起こしているこしているという研究結果。
airbnbの物件が増加することで、よって家賃上昇や賃貸物件の不足、さらに人種格差や経済格差の拡大に寄与しているとの指摘もある。

どのスコープで"デザイン"しているか

これらの事例では、サービスやサービス内のステークホルダーにとっての利害関係がよくデザインされていても、都市・生活にとって完全には機能しませんでした。さらに、特定の企業が集めた個人のデータを囲い込むことで他社参入が実質不可能となり、結果的に社会全体のイノベーションが困難となってしてしまうケースも存在します。

このように、民間企業ができることは多いですが、あらゆる課題を解決することはできません。あるいは、情報のオープン性・公共性の観点から、民間の企業が解決するのに適さない課題もあります。

これらの領域がまさに、公共機関が取り組むべき課題です。また、こういった公共機関が直面する課題は、厄介な問題(Wicked Ploblem)であることがほとんどであり、単一企業だけで解決することがほぼ不可能なケースが大多数です。

デザイナーはどのように公共機関が面する課題に取り組めるのか

では、上記で述べた課題に対してどのように向き合っていけばよいのでしょうか。

多角的な視点で課題を捉える

公共のデザインに取り組むにあたっては、多角的な視点から課題を深く捉えなくてはなりません。トップダウン-ボトムアップ・ミクロ-マクロ・中央政権-地方自治体・過去-未来・短期間-長期間…など。不確実性が高い複雑な社会では、正反対の二つの問題が同時に起こる可能もあります。例えば、飢餓-肥満といった両極端な2つの問題は、途上国で実際に起こっている問題です。


プロトタイピングで、小さなステップの反復を積み重ねていく

膨らませた理想のアイデアは、現状とかけ離れていることも少なくありません。加えて、問題を解決しようと取り組んでいる間に、状況が刻一刻と変化していく可能性もあります。複雑性の高い社会に対する、影響が予測不可能なアイデア…。不確実性を最小限にするためには、すべてを一度に変化させるのではなく、あるべき理想に向かって、小さく安く少しずつステップを踏んでいくこと=プロトタイピングをしていくことが有効です。

デザイナーにとっては一般的であるプロトタイピングも、公共機関にはあまり馴染みがありません。これは、失敗を伴う不確定・予測不可能な実験を行うことが政治的な脆さに繋がる公共機関の特性ゆえでもあります。行政を巻き込みながら実行可能なプロトタイプ工程をデザインするためには、起こりうる政治的・社会的議論をすべて検討しながら、刻むべきステップを事前に慎重に検討する必要があります。

市民を巻き込む

公共機関が行うプロジェクトでは、プロトタイプをつくる過程で市民の参加を募ることも重要です。共創的なプロセスを通して、市民が「自分たちは街に対して提案することに意味があるのだ」と認識してもらうことで、街へのエンゲージメントを深めていくことができます。

また、参加型のプロジェクトを成功に導くための鍵となるポイントは、参加市民にとって身近で簡単なテクノロジーを使用することです。DanHill氏はUN-Habitatのプロジェクトで、市民にとって身近で簡単なテクノロジーとしてマインクラフトを用っていました。(pdfレポートはこちらで読めます

まとめ

抜粋しシンプルにまとめましたがだいぶ長くなっていしまいました。今回取り上げられなかったシェアサイクルの事例や、フィンランドの建築法を変えた事例なども非常に興味深い話だったので、また書く機会があれば紹介したいと思います。ここまで長い文章を読んでいただいてありがとうございました。公共のデザインについてこの場で語ることで、なにかが誰かに伝わるものがあればと思っています。


以下は、個人的な感想です。

「なぜ公共機関がサービスのデザインを行う必要があるのか、身動きの取りやすい民間企業が作り出したサービスのほうが、イノベーションを起こして世の中を前進させていけるのではないか」

以前、同僚に投げかけられた問いに対して、明確な答えを言語化できず、長い間やきもきしていました。

ビジネス起点での社会的インパクトは強く、圧倒的なスピードと量感があるという肌感覚も、IT業界に身をおいている身として日々感じております。IT技術の進歩に伴うイノベーションの加速により、新たなビジネスモデルやサービスが生まれ、市場や人々の生活・価値観に対して大規模に深く影響を与えるような状況は、もはや珍しくありません。

日本では法的な条件や慣習から、まだまだ行政の動きが早いとは言えず、VUCAな時代に求められる制度や仕組みを整えていく体制を構築するのはこれからです。(現状に問題意識を持ち、現在進行系でご尽力されている行政に関わる方々がいるのも存じており、今、まさに状況が変化しはじめているタイミングなのだと思います。)

一方で、ビジネスの最大目的である利益追求と、社会的課題の解決とでは、突き詰めていくと相反する場面があります。その対立が顕著にあらわれた事例が上述のUberやAirbnbの問題であるように思えます。

そういった意味で、「行政が主導で推めて行く領域」「民間企業と行政が溶け合い協力して解決していく領域」「民間企業が主導で推めて行く領域」という、それぞれ得意分野や適した領域があるという示唆を得られたことが、今回のトークイベントを通したわたしの一番の収穫だったと感じています。(当たり前だと言ってしまえばそれまでですが…)

泥臭いように見えるひとつひとつがすべてにつながっていく、実践を通してのみ未来を紡いでいくことができる、というわたしの強い信仰と想いを持って、この文章を締めさせていただければと思います。読んでいただきありがとうございました。

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