メンタルヘルスや死と向き合い、生の可能性を拡大する
COVID-19の流行によりマインドフルネスやウェルビーイングな生活が世界的に改めて見直されています。一方で、「世界一精神病床数が多い」「先進国の中で10代の自殺者数が一番多い」のが今の日本の現状です。
日本において、精神医療を必要としている人との数は増えつづけており、平成11年に240万人だった患者総数は、平成26年には392万人を超えるまでに増大したと言われています。メンタルクリニックの相次ぐ開業で医療機関でのメンタルケアが手軽になったことや、昔よりも手軽で効果の高い新薬の登場などにより、軽症のうちから早期発見・早期治療を行うことができるようになったことが1つの原因であるとされています。
熊代 亨さんが『 健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』で語っているように、現代の日本を見渡してみると「快適で効率的」「健康」「道徳的」な社会は、わたしたちの生き方やあり方に高いクオリティを要求しています。すこしでもレールを外れてしまうと、正しくないとみなされてしまうような不寛容な社会構造がこころの問題に干渉する遠縁の1つとなってしまっているのではないでしょうか。
”健康には「良い」という”普遍的価値”が伴い、不健康には経済的損失という資本主義のイデオロギーからみて「悪い」意味が伴うのだから、健康と、その結果としての長寿は誰もが大切にして当然のもの、大切にしなければならないものとみなさずにはいられない”
―熊代 亨, 健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて
複雑な社会によって引き起こされ結果として表層化された問題へのサポートを、医療や福祉だけに押し付けるようなやり方には限界が見えてきています。その前段階で、社会におけるメンタルヘルスの問題への理解を促したり、健康や生のあり方・関わり方を見直す必要がある時期なのかもしれません。
今回は、若者たちが社会のメンタルヘルス問題に向き合い理解を深めながら自らの可能性をも切り開らくきっかけとなるMH:2K, 死と葬儀の問題について異なる世代が一緒に学び良い死に方を考えるプロジェクトFine Dyingを取り上げます。
若者主導でメンタルヘルスに取り組む | MH:2K
画像引用:MH:2K
イギリスでは、10人に1人がメンタルヘルスの問題に直面していると言われています。MH:2Kとは、メンタルヘルスに関する課題に立ち向かうため、若者を中心として行われれているプロジェクトです。コアメンバーとなる若者たちが市民研究員として参加し、地域に住む他の若者たちを巻き込みながら、リサーチ・ワークショップやイベントの設計・実施を行い、そこで得た知見をもとに政策立案者への提案を行うという一連のプロセスを踏んでいます。
市民研究員の若者の属性は、メンタルヘルスの問題を過去に直接経験している人や、マイノリティなどのメンタルヘルスのリスクを抱えているグループから選ばれます。そのため、36%が黒人、16%がLGBTQ+、12%が身体障害または学習的障害、78%が精神的不健康の経験を持つ人で構成されています。
North Tynesideで行われたプロジェクトの動画。
ワークの雰囲気が垣間見えます。
プロジェクトのキーポイントとして、若者たちにはプロジェクトおいて大きな権限を与えられています。自分たちの意見が意思決定に大きく関わることで、プロジェクトへの当事者意識を高めていくことができます。その結果、彼らはメンタルヘルス問題・予防・支援・地域サービスについてより深く理解することができたり、効果的な解決方法について洞察を得ることができるようになりました。
このように権限移譲を行いプロジェクトに対する当事者意識を高めるため、MH:K2のプロセスには3つの特徴があります。
①終始一貫した若者のリーダーシップ
若者が意思決定をおこないイベントを協働でリードし、結果と提言を決定する
③P2P(ピアトゥピア)エンゲージメント
若者が仲間に声をかけることで、安全で魅力的な場を提供する
③有力な政策立案者や研究者との連携
プロジェクトの開始時から主要人物を巻き込むことにより、信頼・熱意・コミットメントをつみあげ、提言の実施につなげていく。
プロジェクトの中心となったのは「ロードショー」と呼ばれるワークショップの企画・実施です。ロードショーは様々な公共の場で何度も開催され、他の若者たちを巻き込み議論を行うように設計されています。
市民研究員たちは、ワークショップの議題を決定・運営するところから、研究員や地元の政策決定者と共に結果を分析、調査結果とあわせた提言を行いました。173回のロードショー・イベントが開催され、3,447人の若者が参加。128の知見と146の提言を行っています。
プロジェクトの実施を通じ、若者たちは自由に討論しながら、社会的・文化的な刺激を受け、メンタルヘルスに関する理解・知識レベルを向上させました。たとえば、スピーチの練習やファシリテーションのトレーニングを受けることで培われるハードスキル・プロジェクトのコミュニケーションで培うソフトスキルの習得なども含まれています。その結果、若者の中には「自分の将来の見通しや願望、キャリアプランが変容した」ほどの影響を受けた、という人もいました。
またその他参加者の報告結果からも、 若者たちの人生へ及ぼした良い影響を垣間見ることができます。
・86%の参加者が将来への楽観性が高まったと報告、
・82%の参加者が幸福感が増したと報告
・86%の参加者が自分に自信がついたと報告
グレートマンチェスターのOldhamで試験的に実施されたパイロットプロジェクトでは上記のような良い結果を収め、その後MH:2Kのプロジェクトはイギリスの各地に展開されています。
良い死に方を考える | Fine Dying
「良い死に方」と聞いたときに、あなたはどんな死に方を思い浮かべるでしょうか。
「病気に苦しむことなく、元気に長生きし、最後は寝付かずにコロリと死ぬこと、または、そのように死のう」というピンピンコロリという言葉であったり、こ家族に囲まれて大往生といったイメージがあるくらいで、それ以上の願望をすぐに答えられる人は少ないのではないでしょうか。
多くの解釈があると思いますが、香港のEnable Fundation が運営するSocial Innovation Design Labでは良い死のための問題を「きちんとした終末期のサービスと、死者に対する尊敬すべき扱いの問題である」として取り扱っています。
医療や社会サービスの専門家が「良い死」のために努力している方法とは別の方向性から、デザイン方法論や思考方法を社会実践している彼らはこのプロジェクトの中でFine Dying(良い死)という言葉を提唱しています。これは英語のFine Dining(良い食事)という単語の定義をもじったものです。
Fine Dining(良い食事)
高価なレストランで行われる食事のスタイルで、特においしい料理が、多くの場合、伝統的で格式張った正しい方法で人々に提供される
そのため、このプロジェクト名のFine Dyingには「すべての死に臨む事柄に対してどれだけのケアを提供できるか」という意味が込められています。
プロジェクトでは、香港に200人のデザイン学生と100人の年長者を含む市民が、香港の人々の「死」と「葬儀」の問題について一連の体験を通じて、死に関する約200のアイデアを共同制作しました。
ワークショップの写真(写真引用)
共同制作された新しいアイデアから、死者を「逝かせる」ための新しい方向性が示唆されました。その中でも、香港政府が推進するクリーンな埋葬方法のひとつである庭園葬に焦点を当てたものを選ぶことにしました。
一番右にある金属製のプロダクトが、現在使われている庭園葬(庭に灰をまく葬儀)のためのプロダクト。左4つがプロジェクトで制作したプロトタイプ左4つがプロジェクトで制作したプロトタイプ(写真引用)
その後、プロダクトデザインスタジオMilkDesignと一緒にアイデアを発展させ、Envelope(封筒)という庭園の埋葬儀式のためのプロダクトをつくりました。Envelopeは名前の通り紙でつくられており、1人一つ使うパーソナルなプロダクトとなっています。リサーチから得られた中国の冥銭(※) の習慣をなぞり、庭に骨を撒き終わった後、故人への手紙を書いて炊き上げることができます。
※冥銭…あの世でお金に困らないように棺に入れたり焼いたりする偽の紙幣
Envelopeの持つ手のあたりに書いてある文字は故人にあてたメッセージ。生者は、灰をまいた後に手元に置いておいたり、焚き上げをおこなったり、想い想いの方法で死者を逝かせることができる。(写真引用)
冥銭がそうであるように、Envelopeも故人と生者をつなぐ”移行”の象徴的な意味、つまり私たちの生活の中で大切な人たちを思い出すための空間と時間を作る機会となっています。
このプロジェクトの素晴らしい点は、参加した300人の市民たちが、リサーチやアイデア制作を通じて「良い死とはなにか?」という問いに自ら能動的に向き合う必要性を生じさせていることです。プロジェクト自体が、生きる意味や自らをも変化させていくための機会となっています。
良い死を考えることはすなわち、良く生きることについての考えが及びます。タブーであまり公の場で語られることのない「死」についてその可能性を広げ議論していくことが、最終的には生者の強い生の可能性をひろげていけるでしょう。また同時に死という問題を通して、自分たちの暮らす街に対し思いがけない新しい可能性をみなで一緒に探求するための機会にもつながっています。
終わりに
今回はメンタルヘルス・死の問題に取り組む2つのプロジェクトを紹介しました。人間は、わからないことや知らないことに対して恐れを感じる生き物です。2つのプロジェクトは、日常で取り扱われづらいトピックスをテーマを取り扱い、解決方法に新しい切り口を取り込むのと同時に、参加者が主体的に考える機会を提供することで、参加者自身の生の可能性を広げていくような取り組みでもあります。
今回は以下の問いで終わろうと思います。
・ メンタルヘルスについて、あなたはどれくらいのことを知っているでしょうか?
・ あなたが想像する一番「良い死」とは、どのような死でしょうか。もし可能であれば、身近な人とお互いの考える「良い死」について話し合ってみましょう。
今回のように、ひとりひとりの市民の可能性を開いていくプロジェクトなどの話題について興味をもっていただけたら、本マガジンのフォローをお願いします。また、このようなプロジェクトの構想・支援、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者・企業の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたはWEBサイトのコンタクトページよりご連絡ください。
一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/
Reference
・熊代 亨, 健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて
・
・OPSI - MK:2
・involve - HOW CAN YOUNG PEOPLE HELP TACKLE MENTAL ILL-HEALTH?
・enable foundation - FINE DYING
・WMA - THINGS, RITUALS AND FINE DYING
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