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『東京原子核クラブ』感想のメモ

少し前になりますが、2021年1月16日夜に本多劇場で『東京原子核クラブ』を観ました。途中休憩が入る長めの芝居、にもかかわらず上演時間がなにかあっという間でした。

前半から、一つずつの時代を描くシーンの質感が胃にもたれないというか、サクサクと訪れる。それぞれの日々の日常の肌触りのなかに物語の歩みが差し込まれていくように感じる。肩肘張らずに、知らず知らずのうちに下宿屋の空気とか人物の風貌が観る側に入り込んでくる感じ。一方でしっかりと時間の経緯のトリガーも仕掛けられていて、物語の歩みがバラけずぶれない。舞台に編まれるエピソードが時代のあゆみに縫い込まれていくなかで、それぞれの場面に仕組まれた枘穴に次のシーンの臍がすっと組みあって残るような感じ。たとえば大学野球に関わること、ルーティンのように下宿を出て行く女性の存在、飼い犬のガロアと西田先生の関係、いずれもが異なる色で伏線ともなり物語を貫く良き企みとしても置かれ、あるいはベタな天丼となり場を醸し、気がつけば自然に下宿屋での移ろうものと変わらない物を観る側の記憶に刻み込んでいく。少々奇抜なできごとが物語の屋台を安っぽくせずちゃんと場面の膨らみに歩みだすのはやはり戯曲に力を授ける作家の力であり俳優の力量の賜物なのだろうなぁ。
その中でも下宿屋の父娘のお芝居というか人物造形がさりげなくしっかりとメリハリをもち研がれ続けていて心を奪われる。それはコミカルさともなり、頑迷さにも感じられ。時代を生きるなかでのこだわりや矜持にも翻り、観る側に住人や訪れる人々のありようを照らし渡していく。中盤からは二人が舞台上にない場面でもその存在感が空間にあることに捉われる。物語が科学の進歩を語る場とか日本の原子物理学を立ち上げた人物たちの偉人伝に陥ることなく体温を持った生身の人々の群像劇に感じられるのは、もちろん俳優ひとりずつの個性の編み方や戯曲の仕掛けのしたたかさでもあるのだろうけど、一方でその場の呼吸をもった視座が下宿屋という空間の中で観る側に供されているからだとも感じる。また、その場所の力が人物の存在感からうまく分け隔てを排していて、それぞれを等身大で捉えることができたことが、物語のエピソードたちや日々の会話にリアリティを与えていた。

観終わって、一呼吸おいて、その時代を舞台や人物ひとりひとりと共に歩んだような充足感や感慨が訪れ浸された。

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『東京原子核クラブ』

脚本 ・演出 : マキノノゾミ
出演      : 水田航生、大村わたる、加藤虎ノ介、平体まひろ、
             霧矢大夢、上川路啓志、小須田康人、石田佳央、
                                荻野祐輔、久保田秀敏、浅野雅博、石川湖太朗

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