リハビリつれづれ 14

「ただいまー。」
「おかえりー。今日はちょっと遅かったね。」
「とりあえず風呂入る。今日の夕飯なに?」
「餃子。チンして食べてー。」
「はいー。」
 私は手を洗い、弁当箱を出し、そのまま風呂場に向かう。毎日行っている一連の動作は脳みそが疲れていても、何も考えず行うことができる。シャワーを浴び、少しばかりリラックスしたところでお皿にぎゅうぎゅうになって入っている餃子を電子レンジに入れた。
「あっ、”あれ”忘れた。あそこのとこ入ってるから取ってー。」
 ヨーグルトを食べようと座った母が立ってる私を使う。”あれ”とは、おそらくヨーグルトソースのことだろう。冷蔵庫のポケットに入ってるヨーグルトソースはブルベリーとマンゴーの二つ。最近母親がはまっているのはマンゴーソースなのでこれを持って母に渡す。
「これでいい?」
「そうそう。ありがと。」
「あれ、今日優人は?」
「友達とご飯だって。」
「そうなんだ。サラダこれ食べていいの?」
「そう。今日はコーンサラダね。コーンサラダ。きつねがコンコンコーンサラダ。」
 私は黙々とサラダにかかっていたラップをはがした。
「醤油とかはもうこっちに置いてあるから。お酢もね!分かった?」
「はーい。」
 おそらく空手家風に答えて欲しかったのだと思うが、気が付かなかったふりをした。
 電子レンジから餃子を出すと、いいニンニクの香りがしてくる。我が家の餃子はニンニクがたっぷり入っている。おいしくて疲労回復にはもってこいだが、歯磨きを入念にしなければならない。
 夕飯を温め終え食べ始めようとすると、母が私によくわからないことを言った。
「サラダ熱いから気を付けてね。」
「ん?熱い?別に熱くないけど。」
 そこに答えたのは父である。
「正人―。そこはこうだよ。“熱っつ、ほんとだ。高温サラダだ”。」
 父は手でリアクションを取りながら答える。
「しょーゆーこと!さすがお父さん。」
 私は仕事の疲れからか頭が働いていないのかもしれない。いや、むしろさらに頭が働かなくなった気がする。
「今日はインスタントねー。飲む?いつものでいい?」
「お願いしますー。」
「よろしくー。」
 母が私と父のコーヒーを作ってくれている。私のいつものとは、スプーン二杯のインスタントコーヒーとスプーン一杯の砂糖をお湯で溶かし、冷たい牛乳を注いだコーヒー牛乳である。
「砂糖を入れたら佐藤さん~。砂糖を入れなきゃ武藤さん~。はい、加藤さん。」
「ありがと。」
 私は餃子を食べながらコーヒー牛乳を飲む。唐山のコーヒーはとてもおいしいのであるが、このいつも飲んでいるコーヒー牛乳は、これはこれでいつもの味であるため安心のおいしさなのである。
 本当であれば食後のコーヒーという概念があるように、食後にコーヒーを飲みたいところである。ただ、仕事終わりの私には、食後は満腹中枢が過剰に働きすぎてしまい眠くなってしまう。コーヒーという飲み物と睡魔という魔物では魔物の方が圧倒的に強い。しかし、私にとってコーヒーは喫煙者のタバコのようなもので、飲まないと何か落ち着かない。そのため私は餃子を食べながらコーヒー牛乳を飲むという胃腸さんがむかむかしそうな飲み合わせをするのである。
 テレビでは、人気のクイズ番組”ひらめけ!頭脳ソルジャー!”が放送されており、芸能人がチームに分かれてクイズに挑戦している。ここで中学生レベルの漢字の問題が出題された。問題は、“凹凸の凸の字の画数は?”というものである。こういう問題を真剣に考えるのは肘をついて横に寝そべっている父である。
「五画じゃないの?あれ、凸って縦から書くんだっけ?横から書くんだっけ?」
「うーん。改めて考えるとよくわかんないわね。これ一筆書きでもかけるじゃない。読めれば伝わるのよ、漢字は。」
「正人、ついこの間まで学生だったんだから教えてよ。」
「ついこの間ってもう十年以上も前だから覚えてないよ。」
「親にとっちゃ子どもの成長なんて十年前はついこの間なんだよ。」
「あら、正解は五画だって。さすがお父さん。」
「でも書き順は知らなかったな。」
 テレビでは芸能人が正解を喜び、賞金を獲得した。
「ここでお母さんクイズ出していい?」
「どうぞ。」
 おそらく出してはだめと言っても出すのが母であるため、私は流れに逆らわず問題を聞くことにした。
「お母さんクイズ。デデン。凹凸の凹の字を逆向きにして凸に組み合わせたらなんと読むでしょう?」
「凹の字をひっくり返す?わかんない。”うおとつ”?」
「ブブー。正解は“テトリス”でした。」
 "なるほど"とも思ったが、テトリスだと横一列に並べなければいけないので、これは少し違う気もする。ただ、そんな細かいことを気にしていては、世の中たくさんあるおかしなことを気にしなければならないから、凹と凸でできたきれいな正方形に免じて納得することにした。
 餃子を食べ終えると、食後の魔物が遠慮なく襲い掛かってきた。私は急いで洗い物を済ませ、寝る支度を開始した。

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