見出し画像

悲しきガストロノームの夢想(69)「彷徨えるイカイスト」

 ◯◯主義者というのがどうも好きにはなれないのですが、イカについては「イカイストです!」とはっきり言えます。あと、甲殻類。蟹や海老もまた大好きなので甲殻類機動隊隊長だと公言したいと思っています。
 春先から、鮮魚店の店頭にイカの姿が現れると、ひと冬眠りについていたイカイスト魂がのっそりと眠りから覚めてきます。先日は、ご近所の湘南・片瀬漁港の朝漁れ市に出向き特大の赤イカを手に入れ、狂喜乱舞しながら帰宅し、早速下処理に取りかかりました。正しきイカイストは、下処理ができるのです。先ずはイカの背骨を抜き取り、頭や足と一緒に内蔵を掻き出します。次に、いわゆるエンペラーを胴体から剥がします。ここからが丁寧な作業です。表皮を綺麗にはがし、イカを縦に切り、胴体の内側の表面にある皮も丁寧にはがします。エンペラーの皮も同様に丁寧にはがします。胴体の処理が終われば次は足。目の下から足を切り離し、口にあたるトンビを取り除きます。そして吸盤についているトゲ(吸盤角質環)を包丁でガリガリと取り除きます。このトゲが残っていると食感が良くないので、水道水を流しながら爪でガリガリとさらに取り除きます。
 こうして下処理を終えるのですが、この下処理の作業中、私の手のひらはこれから調理するイカのあり用を学びとっているわけです。身の新鮮さ、柔らかさ、厚さ…等々。つまり、下処理の段階から調理が始まっているのだと思います。ただ、店頭で出会い購入し帰宅する道すがら、どうやって食べようかとウキウキしながら考えているので、店頭でそのイカが私のものになった時から調理が始まっているのかもしれません。
 先日購入した赤いかは、半身を冷凍し、残り半身をお刺身にしました。さらに、一緒に買った15杯の墨イカは、大根と一緒に煮つけました。季節がら里芋の良いのがなく、大根を合わせましたが、イカの出汁と香りが移った煮つけの汁がじっくり染みると、何とも言えぬ味わいとなりました。イカ大根はかなりいけますね。
 その後、藤沢駅近くの鮮魚店で、丸々としたダルマイカを発見し、即断で購入しました。このダルマイカですが、赤イカと同じく剣先イカの愛称です。とはいえ、漁港それぞれの漁場があり、そこで漁れる剣先イカの餌場の状態や餌、海流の強さ…等々、漁場ごとに微妙に異なっているはずで、同じ剣先イカだとしても、その味わいはそれぞれ異なるものと考えています。赤イカは赤イカの風味、ダルマイカはダルマイカの風味がきっとあるはずです。
 イカイストとしての日々をこうして楽しんでいるわけですが、まだアオリイカには出会えてはいません。切り身になったのは鮮魚店で見つけましたが、正統派のイカイストですので、丸々一杯を購入し、帰宅して、まな板の上にドンと乗せ、でかいアオリイカを捌きたいと願っています。
 葉山のお寿司屋さんで堪能した一杯のアオリイカや、長崎の居酒屋で日本酒のお供に愉しんだ一杯のヤリイカ…旅先の数々のイカ・メモリーを甦らせては、次に出会えるイカに想いを馳せる私です。中嶋雷太

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?