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私が書いた物語のなかから(10)「左手で、焼けた薬莢を握り締め」から

 「パン!一発の銃弾が、上海の夜に穴を開けた。男の影が、ぐたりと倒れ落ちた。死さえ値しない男だった。二人の男は、その影が静止するのを見守っていた。対岸の高層ビル街から、光と音の狂騒が水面を伝い、路上の影を覆っていった。参列者のいない告別式だ。船虫が騒めき逃げ惑い、汽笛が一つ二つ鳴り終ると、一陣の海風が倉庫街に流れ込み湿度が飽和点を超えた。
その時、影が天国へ旅立った。」

 これは、拙書「左手で、焼けた薬莢を握り締め」(2019年1月)の冒頭シーンです。本作品は、ハードボイルド三部作の第一作として書き上げたもので、このあとに第二作「右手で、朽ちた銃架を握り締め」、第三作「両手でそっと、銃を置く」へとつながります。
 中学生のころからハードボイルド映画や小説が大好きでしたが、いざ、自分で観たい映画、製作したい映画として筆を取る(やがてPCに向かう)と、なかなか脳みそと指が繋がらず悶々とする日々が続いていました。最初にもやもやしたイメージが湧いてから、本作品のデジタル発行までの数十年は、世の人を観て深く理解するために必要な時間だったようです。
 ハードボイルド作品ですから、良い人と悪い人が登場しますが、たとえ狂気だとしても悪の言い分もきっちりと描きたいと思いつつ書き進めているうちに、ハードボイルド三部作に通底するものが出来上がっていました。それは、人を安易に殺さないことでした。
 平和と呼ばれるこの島国で生きていると、人災による死はとても遠くにあり、マスメディアなどで殺人事件や戦争が報道されていても、リアリティのない劇場型の視点、観客視点で眺めている私がいるのに気づきます。それを頭から否定するのではなく、その観客視点をぐっと物語のなかに引き入れ、ある死の重みをどうやって描けば良いのかは、執筆中の大きなテーマでもありました。
 悩み悩んだ末に、浮かび上がったシーンが冒頭のシーンで、これを書き終えたとき、三部作を書き終えるまでの地平が見えたと少しだけ安堵しました。シックだけれど、人の魂が揺らぎ、その揺らぎ自体が何かを物語り、折り重なっていくような作品になっていればと願うばかりです。
 昨年の2021年12月に三部作を描き終え放心状態になっていましたが、いま、超長編の新しいSFアドベンチャー作品に取り掛かっています。ぜひご期待ください。また、ハードボイルド三部作もぜひお読みください。中嶋雷太
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