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私の好きな映画のシーン(20)「人間の條件、そして蒸した饅頭(まんとう)」

 「雷太な。ほんまに、お腹が空いててな……中国人が蒸した饅頭(まんとう)を売ったはって、美味そうで美味そうで、ほんまに食べたかったんや。そやけど、我慢したんや。ほんまに美味そうでな…」と、心遠くを眺めながら、父はつぶやきました。テレビで映画『人間の條件』を一緒に見ていたとき、仲代達矢さん演じる敗残兵の梶が、中国人の饅頭を奪うシーンを見ていたときのことでした。満州から蘇州まで、徒歩で歩き続けたひとりの日本兵だった父の、過去の実体験をちらりと垣間見たのを、克明に覚えています。
 仲代達矢さんが饅頭を手にし、「こいつは日本人だ!」と叫ばれるシーンは、子供だった私の心深くに刻まれたまま、体内深くにもぐりこんだ針のように、ときにチクリと、私の精神を刺します。戦争はあってはならないものだとつくづく思いますが、それは論理だった綺麗な言葉で語られたものからくるのではなく、このチクリたちのようです。私の場合は、ですが。
 五味川純平という作家の小説を、1959年から1961年、トリロジーとして映画化した本作品を、再度じっくり見直したいのですが、私の心はまだタフではないようです。WOWOWで放送したのを録画したまま、再生ボタンをまだ押せぬ私がいます。
 監督は小林正樹さん。
 29歳のときに戦争が終わった小林さんが43歳から45歳のときに監督されました。誰に何を描きたいのかが、はっきりした映画のひとつだと思いますし、私はそうであるべきだと信じています。
 この空腹募る敗残兵が、蒸された饅頭に手を出してしまうシーンから、広く深く多くのことを考え続けてきたように思います。
 淀川長治さんが映画が先生だったと話されていましたが、私にとっても映画は先生であり、この饅頭のシーンは忘れがたいシーンのひとつになっています。中嶋雷太

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