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悲しきガストロノームの夢想(57)「坦々麺、もしくは胡麻の誘惑」

 ともすれば、麺系の話に偏りがちな私ですが、麺は我が人生に欠かせぬものなのでお許しください。
 さて、今回は、面妖な(本当は麺妖と書きたいところです)タイトルになっています。はっきりと、坦々麺についてと書けば良いのに、わざわざ胡麻を登場させて話の裾を広げてしまっています。理由は簡単で、坦々麺を語るならば、私と胡麻との関係性も語らねば落ち度となるのではという強迫観念にも似たものがあります。
 先ずは胡麻ですが、私は胡麻好きです。幼いころ、祖母が作る胡麻のおひたしが好きで、食事どきになると祖母は私に胡麻を炒らせ、すり鉢で胡麻すりを任せたところから、私の胡麻人生が始まります。両手ですりこぎを握り締め胡麻をすり終えると、祖母が醤油と砂糖と味醂などを加え、絶妙な味に仕上げ、茹でたサヤエンドウなどをあえ、おひたしを完成させました。調理のお手伝いをした私は、すり鉢に残った液体をもらい、熱々の炊き立てのご飯にかけて食べるのが何とも言えず幸せだったのを覚えています。あれから、私の胡麻好きが始まったはずです。ところが、おひたし以外で胡麻味を楽しめるおかずというのがあまりなく、またジャンクな食べ物へと移行していった私の胡麻好きは一時期封印されてしまいました。
 やがて、冷やし中華が一般的になると、胡麻味のタレというのが現れ、私の胡麻好きが復活しました。その後、しゃぶしゃぶの胡麻ダレが一般化すると、私の胡麻好き本能が益々広がりを持ったのは言うまでもありません。そして、濃くて味わい深い胡麻味を求める旅がいつのまにか始まっていました。
 そこに現れたのが坦々麺です。
 最初のはもちろん「汁あり」の坦々麺でした。1990年前後のラーメン・ブームがひと息ついたころに出逢ったと記憶していますが、それがどこのどの店だったかは忘れてしまいました。元々、高校生のころからバイクを飛ばして天下一品の本店に通っていた私ですから、ドロドロスープ系に慣れ親しんでいたので、胡麻がふんだんに使われた坦々麺にはとても親近感を感じたことは間違いありません。この坦々麺との出会いの少し前、おそらく1980年代後半だったかと思いますが、しゃぶしゃぶで胡麻ダレで食べる美味しさを知りました。大阪電通の方に連れられランチをご馳走になったのが最初の胡麻ダレ体験だったのは忘れもしません。余談ですが、大阪電通の一階で、レモンティー・ソーダというのを初めて飲んだり、その近くの堂島ホテルのバーでスコッチのストレートを楽しんだりしたのは、幸せな体験でした。
 バブル経済が崩壊し暗闇に落とされた感が強い1990年代ですが、食文化は強靭で、やがて汁なし坦々麺が世の中に出回り始め、私もまたそれに狂喜乱舞した一人です。
 さて、現在は、自宅に胡麻系の調味料を完備し、あれこれと使いこなすのが楽しみになっています。炒り胡麻、すり胡麻、胡麻ペースト、胡麻味ドレッシング、そしてしゃぶしゃぶ用胡麻ダレ…。胡麻胡麻した生活は豊かな気分にさせてくれるものです。
 社会での胡麻すりはかなり下手ですが、すり鉢とすりこぎは、キッチンに完備しており、たまに炒り胡麻をゴリゴリとすると「昔とった杵柄」感に心は満ち溢れます。中嶋雷太

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