冷徹社長と秘密の契約結婚〜待っていたのは癒しと溺愛の日々でした〜 第2話【漫画原作部門】
「……アレは、一体何だったんだろ……」
昨日に起きたことを思い返しては首を捻る。
私はそればかりを繰り返していた。
だって可愛いポメラニアンと一緒に寝たと思ったら、起きた時には全裸の男がいた、なんて。
そんなの誰が想像できるっていうんだ。
それに見間違えでなければ、目の前であのポメラニアンが人間に変化していたような……?
何なら、見覚えのある人だったような……?
いやいやいや、やっぱり見間違いだよね。
だって、犬が人になるなんてそんなの非現実的すぎる。
それに、あんな可愛いの権化のようだったポメラニアンと冷徹社長が同じ存在だなんてそんなまさか。
きっとあれは夢だ。私はとっても寝ぼけていたんだ。
そう思うことにして、なんとかループしそうになる思考を打ち切る。
でも昨日の衝撃的な一件を経たら、引きこもってウジウジしているのが何だか馬鹿らしくも思えて。
無気力生活を抜け出す第一歩として、今日はハローワークに行って失業の申請や求職登録などを済ませてきた。
今はその帰り道だった。
道の向かいから仲良さげに話しながら歩いてくるのは、まだ若そうな夫婦。
父親の腕には、すやすやと眠る小さな子どもが抱かれている。
まさに幸せ家族といった感じだった。
私も“自分の家族”に憧れはあったし、太晴と付き合っている時は「この人なら」
そう思っていたけれど……もう恋愛は懲り懲りだ。
あの人たちのこともあるし、今後結婚もしないだろう。
私が住むのは、年季の入った小さな安アパートだ。
しかし帰宅すると、そのアパート前に見るからに分かる黒の高級車が停まっていた。
「……他の住人の知り合いかな……?」
それにしたって場違い感がすごい。
でも自分には関係ないことだと素通りしようとしたその時。
「宮内 音さん」
予期せず自分の名前が呼ばれたことに肩が跳ねる。
振り返ると、いつの間にか運転先の窓が空いていて、
眼鏡にスーツのピシッとした身なりの男性が顔を出した。
「……私、ですか……?」
恐る恐る尋ねれば、その男性は「はい」と頷く。
「突然のお伺いとなり申し訳ありません。
本日は弊社の社長が、貴方に用があるということで……」
「……社長……?」
男性の言葉に続くように、後頭部座席のドアが開く。
「昨日はどうも」
現れたのは、芸能人顔負けの美貌を持つその人。
「約束通り、世話になった礼をさせて貰いにきた」
冷徹社長こと、早川 律だった。
……昨日のアレは、夢じゃなかった?
場違いな高級車の存在を、通りがかる人々が不思議そうに眺めていた。
「立ち話も何だから」と、私は進められるままに車内へ乗り込む。
人通りもあるし、社長という社会的地位のある人なら、そう変な真似をしてくることもないだろう。
座ったのは後頭部座席、早川社長の隣。
「名刺はいらないな。
君とは以前、仕事でも会っているから」
「……え、覚えてらっしゃるんですか……?」
乗り込んでそうそう、早川社長の言葉に驚く。
早川社長ほどの人なら、日々たくさんの人々と会ったりするのだろう。
それなのに、太晴のおまけで一度会っただけの私のことまで覚えてくれていたなんて。
「ああ。人の顔と名前を覚えるのは得意なんだ」
そう頷いた早川社長は、次に運転席に目を向ける。
「こっちは俺の秘書の高峰」
名前を呼ばれた秘書、高峰さんが私に向かって頭を下げる。
早川社長も凄いけれど、よく見ればこの人もかなり顔が整っている。
「秘書を務めます高峰と申します。
どうぞよろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします……っ」
私もつられて頭を下げた。
「さて、要件である礼についてだが……」
そして、早川社長の言葉にハッとする。
「あ、あの!
そもそも昨日のことは……」
「ストップ。
聞きたいことは山程あるだろうが、それはあとでゆっくり話そう」
飛び出しかけた質問はそう言って遮られてしまった。
代わりに早川社長が尋ねてくる。
「ところで夕食はもうとったか?」
「夕食はまだ、ですけど……」
「ちょうど良かった。それならまず食事をしよう。
いいところを知っている」
「えっあの……!?」
今から食事?早川社長と……!?
「高峰、頼んだ」
「かしこまりました」
急な展開に理解が追いつかないままに、安アパートから高級車が発車するのだった。
「食事の前に、まず着替えた方が良さそうだな」
走行中の車内で、早川社長は私のことをじっと見ながら呟く。
今の私の服装は、履き慣れたデニムに安物のコート。
近所のハロワに行くだけだと思っていたものだから、勿論お洒落さなんて皆無だ。
「着替え……ですか?」
「そう。
……もしもし、急で申し訳ないが今から女性を1人、コーディネートを頼めますか」
早川社長どこかに電話をかけ始める。
そして手短に電話を終えると「高峰」と呼びかけた。
「rootsですか?」
「ああ。話はついた」
まるで阿吽の呼吸みたいだ。
この場で話についていけないのは私だけ。
ルームミラー越しに目が合った高峰さんが言う。
「恐れ入りますが、少し寄り道させていただきますね」
「は、はい……!」
そして着いたのは、これまた見るからに高級そうな洋服店。
早川社長に促されて一緒に店内へ入ったものの、どう考えても場違いだ。
絶対、こんな適当な身なりで入っていい場所じゃない……!
店内に入った私たちのことを、待ち構えていたように店員さん達が出迎える。
「早川様、お待ちしておりました」
その中で一歩前に出たのは、落ち着いた雰囲気の美人な女性。
胸元には店長と記されたプレートがついていた。
「改めて、今日は急なことで申し訳ない。
こちらがお願いしたい女性です」
店長さんと目が合うと、にっこり微笑まれる。
「かしこまりました。それでは早速こちらへどうぞ」
本当に、こんな格好ですみません。
気恥ずかしさを感じながら、私は店の奥に足を進めた。
「……お、お待たせしました……」
こわごわしながら試着室を出ると、早川社長が私を待ち受けていた。
先ほどまでのラフな格好の私はもういない。
今の私は、店長さんが選んだ品のいいワンピースに身を包んでいた。
加えて髪型も服装に似合うようにと、店長さんがささっとハーフアップにまとめてくれて、
綺麗な髪飾りとヒールの靴。まるで自分がいいところのお嬢様になったかのようだった。
着心地も質感もすごくいいけど、この服一体いくら……?
「うん、似合うな。
じゃあこれ全部下さい」
値段を想像して恐々としていれば、早川社長がさらりとそう言って。
そのまま流れるように会計を済ませようとしていた。
「え……っ……そんな、買っていただくわけには……!」
「俺が勝手にしてることだから気にしないでいい。
これも礼のひとつとでも思ってくれ」
「でも……」口ごもるうちに、早川社長は会計を終える。
「あの、ありがとうございます……!」
店を出ると、私は早川社長に向かって頭を下げる。
「ああ。今度こそ食事に向かおう」
早川社長と一緒に、高峰さんの待つ車内に再び乗り込みながら思う。
昨日まで人生のどん底にいた私が、こんないい服を着て、みんなが羨むような人とこれから食事に行くのだというのだから……人生って、何が起きるか分からない。
食事先として到着したのは、これまた高級そうな料亭だった。
女将さんに出迎えられて、私たちは奥の個室へと案内される。
早川社長と、隣に高峰さん。向かいの席には私。
それぞれが腰を落ち着けた。
窓から見えるのは風情のある日本庭園。
運ばれてくるのは彩りも豊かな料理の数々。
口に運べば、どれも感激する美味しさだった。
「―――宮内音さん」
思わず目の前の人たちのことも忘れて堪能していたけれど、名前を呼ばれてふと我に返る。
「は、はいっ」
顔を上げれば、真剣な表情をした早川社長と目が合って。
何か大事なことが切り出されそうな雰囲気に、ゴクリと息を呑む。
そして早川社長は口を開く。
「俺と結婚してくれないか」
「…………はい?」
ああ本当に、人生って何があるか分からない。
表紙文字:かんたん表紙メーカー様より
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表紙素材:かなめ様
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