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「死にたい」と叫んだ娘と小さな私の神さま③

席替えをして保育園での対人ストレスは軽減されたと思っていた。
現に先生にその後の様子を聞いて問題ないことを確認してはいた。

それでも尚、娘は帰りの車内で突然泣き出す。
理由は
「家に帰るとお兄ちゃんがいる。酷いことを言われるから家に帰りたくない」
というものだった。

「何でこの世はこんなにも地獄なの?」
「この悲しい気持ちはどうすればなくなるの?」
「私の幸せはどこにあるの!?」

毎日娘はそう問いかける。切実に、切実に問いかける。
いや、問うているようにみえて彼女は実は答えを知りたいわけではないのかもしれない。そこまで至らないほどに、ただただ絶望しているように見えた。

私が「嫌なことばかり考えると気持ちが暗くなるからさ、楽しいこと考えてみようよ。そうだ、一緒に塗り絵しよっか!」と言ったところで首を横に振る。「じゃあ〇〇は何がしたい?何をしている時が一番楽しい?教えて?」と聞いてみるが「わからない!わからないよ!楽しいことなんて考えられない!お兄ちゃんに言われたりされた嫌なことばっかり頭の中をぐるぐる回ってるの!」と頭を抱えて泣く。

暗くドロドロとした感情に思考を支配され、切り替えることができないのは私も一緒だ。苦しいよね、わかるよ。切り替えが早い人はどんな頭の中をしているのだろうね?例えばお兄ちゃんとか、パパとかね?みんな嫌な事あるけどそれなりにスルーして生きているよね。……あれって、どうやるんだろうね?スルーしなよって、言われたよ私も何度も言われたよ。でもできないよね。なんでなんだろうね。頭の中を悪魔に占領されてしまったかのような気分なんだよね……。

娘の気持ちは痛いほどわかる。いや、私などが「わかる」と言ってしまってよいのか躊躇するほど、彼女はきっと私の何倍も繊細だ。

絶望に呑み込まれた彼女の心には何ひとつ響くものはない。その扉はかたくかたく閉ざされている。

何度目かの「わからない!」を聞いたとき、私の中の何かが噴出してきた。おそらくそれは怒りだ。私の私への怒り。

「ママだってそれはわからない!どうすれば嫌な気持ちが消えるのか、何をすれば楽しい気持ちになれるのか、何があなたの幸せなのか。パパも知らないし、ばぁばも知らないよ。保育園の先生だってわからない。他の誰もその答えはわからない。教えてあげられないごめんね!」

一気にまくしたて、言葉を娘に投げつけてしまった。
娘は一瞬きょとんとして、さらに絶望に顔をゆがめた。

(だけど)
と、少し冷静になって私は言う。「だけどね」

「あなたの中の、胸の奥の奥にいる、小さな赤ちゃんのあなたに聞いてごらん。その子だけが聞きたいこと、知りたいこと、この世界で幸せになる答えを全部知ってるから」

過去の自分に言ってあげたいなとふと思った。

「最初は声が小さくて聞き取れないかもしれないけど、しんぼう強く何回もお話してごらん。話しかけ続けていると、必ず答えてくれるから。必ず。時間はかかるかもしれないけど。だって今までお話したことなかったでしょう?静かなお部屋で、ひとりになって、お話してごらん」

あの頃の私にこの話をしてくれる人はいなかった。今では私が求めなかったからだとわかるけれど。すべて誰かのせいにしていたあの頃。嫌なことを言うあの人、自分の家庭環境、ネガティブなことしか考えられない、無能な私になってしまったのは私のせいではないーー。

泣いている娘が、泣いている幼い自分と重なった。

「なんで私の心の中にいる小さな私は答えを全部知ってるの?」

「神さまだから。あなたの中には神さまがいるから。神さまは何でも知っているから。だってこの世界全部を創ったんだよ。この宇宙のすべては神さまなんだよ。だから聞いてごらん。〇〇の中の小さな〇〇は、すべてを知ってるよ」

不機嫌で納得できないと書かれている顔のまま、彼女は10秒ほど黙っていた。

そして手近にあったクッションを私に投げつけた。

「何も話してくれないじゃん!ママの嘘つき!!ばか!!」

彼女は突然立ち上がりリビングのテーブルの上にあるティッシュ箱や筆記用具やノートやその他すべてを次々とひっつかんでは派手に床に叩き落とした。

「うるさい!そいつ黙らせてよ!!友達の声聞こえねぇんだけど!!」

例のごとくオンラインゲームをしている息子の怒鳴り声も重なり、気が付けば何の変化もない我が家の日常が展開されていた。

以前より大音量で泣き続ける娘を、私はただ見守ることしかできなかった。
いや、放心する以外に成す術がなかった。


続く。


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