その時の私の心境はバンジージャンプをする前のように余裕がなかった。
「ごめんね。色々聞いたけど結局どういうところなのか、まだイマイチつかめなくてさ……」
「そうだよね。うんうん、わかるよ。私もそうだったから」
私と親友のMは大学生でも気軽に入れるレストランでパスタを食べ、食後のコーヒーをそれぞれ飲んでいるところだった。
ただ私は、自分のコーヒーカップを横にずらし、正面にノートを広げて気もそぞろに細かいことまで逐一メモしているという状況であり、食後のひとときをまったりくつろいで過ごすという理想とはかけ離れたところにいた。
「結局さ、行ってみればわかるよ。それしか言えないんだよね。どういうところかって、私も伝えたいんだけどさ。何と言っていいか……」
本日3度目と思われる同じセリフをMに言わせてしまって、軽い自己嫌悪に陥った私は、もう実態をつかむことは諦め、覚悟を決めるしかなった。
そう、私は2008年6月、2週間の期限で真木協働学舎にお世話になることになったのだった。
持ち物や、そこでの生活など、保育系大学の実習という形で真木に行っていたことのあるMから、色々と教えてもらっているところだった。
そこで私が得た情報はというと、
①基本的に自給自足の生活をしている。(野菜・米は自給、ニワトリ10羽程度を飼っており卵が採れる日は食べられる。山羊を2匹飼っており、山羊の乳が飲める日もある。魚は生協かメンバーが釣ってきたもの、肉は生協、調味料なども基本手作り)
②心身に不自由のある人もない人も暮らしている。
③真木協働学舎は山奥に突然現れる集落にあり、車の通れない厳しい山道を90分間歩き続ける。峠を2つ越える。M曰く、たどり着くまでに死の淵を何度もさまよったそうだ。それくらい、しんどすぎる登山だという。
④大自然に圧倒される。
⑤犬を2匹と猫1匹を飼っている。
⑥普通に熊が出る。(だから鈴を常に携帯しなければならない)
⑦夕食前に讃美歌を歌う。夕食後には一人ひとり、その日行った仕事の報告及び、明日の仕事の予定を発表する。日曜日には礼拝がある。聖書を持参する。
⑧雨の日はお風呂に入れない。(太陽光発電でお湯を沸かすため)
⑨アラヤシキという名前の茅葺屋根の家で私も含め全員で暮らす。
くらいだった。
メモを見返しては、まだ何か大事なことを聞き逃しているのではないかと考え、Mに質問しようとするのだが、自分もそこへ行って生活する、ということ以外に何も目的がないわけで、持ち物を聞いてしまった後は実際、ほかに聞きたいことというのは無いのだった。
ただただ不安だった。
自分で行くと言ったにも関わらず、直前になって不安に駆られていた。
「とにかく行って来て!行けばわかるし、いろんなことを感じる。いっぱい感じて帰って来てね。ゆしまならきっと人一倍深く感じることがあるはず。あーゆしまが真木に行ってくれるなんて嬉しいわ!ゆしまが帰ってから真木の話するの楽しみ~♡」
Mは嬉しそうにそう言った。Mが喜んでくれることは、私にとっても嬉しいことだが、その時の私の心境はバンジージャンプをする前のように余裕がなかった。
そして、ついに出発の日はやってきた。
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