【MBTI】アプリ『ウマ娘』で紐解く「Fi/Tiの欠点」「Te/Feの重要性」 前編

こんにちは、十雪和栄あずきと申します。
いよいよ今回が最初の記事となります。

さて今回は、ゲームアプリ『ウマ娘 プリティダービー』を通して、MBTIの心理機能の理解を深めるための話をします。

※『ウマ娘』のゲームアプリのことや、ドロワアルダンの件を知っている方は、『本題』のところからご覧ください。


ゲームアプリ『ウマ娘 プリティダービー』の紹介


その前にまず『ウマ娘 プリティダービー』とは、競馬が元である。
現実の馬をモデルとして擬人化した『ウマ娘』を、ゲームユーザーが『トレーナー』となり、育成したり、それをユーザー同士でレースで競わせたり、ストーリーを読んでどんな子かを知ったり、写真撮影や散歩などで可愛がったり、クレーンゲームなどの体験を通して感情を共有したり。そうやって楽しむゲームアプリである。


ドロワアルダン事件


ひとまず話は一年前に遡る。
2023年3月末、とあるウマ娘の勝負服の新衣装が実装された。
それは、『メジロアルダン』『サクラチヨノオー』だ。
サクラチヨノオーの方は一旦置いておくとして、問題は『メジロアルダン』の新衣装である。
彼女は、有体に言えば、清楚で上品で奥ゆかしく可愛い、そんなウマ娘なのだが、ではそんなウマ娘に望む新衣装は何なのだろうか?
これまでにウマ娘の新衣装は、レースで着る勝負服であるにもかかわらず、ウエディングドレスや水着などやりたい放題やって来た。
私は、それ自体は賛成である。
わざわざ雄だろうと雌だろうと美少女化したのだから、いわゆる『萌え』を求めるユーザーが多く台頭するのは当然なのだ。
そもそも開発側としてもそういう狙いで作ったのは明らかだろう。
しかし、ここで問題なのは、その『萌え』を開発が全く理解できていないということなのだ。
メジロアルダンの新衣装は、結論を言うと、ウエディングドレスや露出度の高い水着にするべきだった。
しかし実際に実装された新衣装は、露出度が低くパンツ姿のドロワだった。
メジロアルダンのキャラクターを考えれば、常識的に考えて先に述べたものにした方が売り上げや利益を得られただろう。
そう『ウマ娘』は、商業コンテンツなのだから、当然売上や商業的利益を考えるべきである。
そういった観点で、あのドロワアルダンは失敗としか言いようがなかった。
当時x(旧Twitter)では『解釈違い』と悲しみのコメントを述べる者もいれば、『嫌ならやめろ』『公式の解釈に文句を言うな』と述べる者もいる地獄絵図となっていた。
『ウマ娘まとめちゃんねる』というところでは、絶賛されていたが、あそこは私から言わせれば、コンテンツを衰退させる信者向けサイトである。
ほとんどなんでもかんでも肯定するからだ。


『ファン』『信者』『アンチ』の定義


商業コンテンツにおける『ファン』とは、売上や商業的利益に貢献するか否か、という点で、褒めるときは褒め、批判するときは批判する。そういう人間である。
『信者』とは、なんでもかんでも肯定したり絶賛したり、あまつさえ否定的意見を述べる人間を無理やりねじ伏せようとする、コンテンツを衰退させるだけの人間である。
逆に『アンチ』は、商業的な観点で論理的に筋が通らないのに、批判してばかりいる人間のことである。


本題

Fi(内向的感情)は、商業では二の次三の次!


そろそろMBTIの話に入ろう。
新衣装に関して、『私は好き』『個人的に好き』というものもいる。
いわゆるFi(内向的感情)の主張だ。
この心理機能が主機能の者は、個人の好き嫌いを最も大事にする。
なので先に述べたような主張をする。
ドロワアルダンの件でもそういう主張をしてドロワを肯定するものがいた。

『私は好き』『個人的には好き』、綺麗な言葉だ。
そして綺麗事でしかない。
なんて無責任で冷酷な言葉なのだろう。

個人の好きが何だというのだろう。
一体それがどれほど売上や利益につながる?
ドロワというのは、メジロアルダンのファンをないがしろにしてまで実装すべきだったのか?
Xで肯定している人間のツイートを見てみた。ナリタブライアンのファンでした。
メジロアルダンとナリタブライアンは明らかにタイプの違う子です。ファン層も違うでしょう。
そんなファンが肯定したところで商業的に何の役に立つのですか?
アルダンの新衣装をガチャで引くかどうかということに関わるのは、当然アルダンファンなのですから。
そういった人間が気に入っていないのに、関係のない人間が『私は好き』『個人的に好き』と言ったところで、商業的にどれほど役に立つ意見なのでしょう。
結局のところ、個人の好き嫌いばかり主張する人間は、アルダンファンいわゆる他人の気持ちを考えていないし、現実が見えていないのです。

個人の好き嫌いが自由に通じるのは、同人や趣味レベルのものだけだ。


個人が好き嫌いを主張したところで、そこには商業的目線や他人への思いやり、いわゆるTe(外向的思考)やFe(外向的感情)的な考え方はありません。
はっきりいって、個人の好き嫌いを主張してばかりいるのは、『独善的』『自己中心的』『視野が狭い人』なのです。
『私は好き』『個人的には好き』、あなた方はそれで良くてもこちらは全然良くない。

浅い!
浅い浅い浅い浅い浅い
考えが浅すぎる!!


さて、ここまで述べたものの中には、私にも返ってくるものはあります。
個人の好き嫌いの話など。
私含めて一人一人が、個人の好き嫌いを発言しているだけでは、いつまでもドロワアルダンの件は、決着がつきません。
では、どのように折り合いをつけるべきなのか?
そこでTeやFeの出番です。
続きは後編で。

後編URL

https://note.com/preview/nae8bca573159?prev_access_key=99f93081c687c1d59380cf9a0a41cf7e

MBTIのWikiサイトのURL
https://w.atwiki.jp/81908/pages/1.html

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