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小学校に郷愁を重ねて

私が育った町は児童の減少で学校が統廃合され、地域のコミュニティセンターのようなものに変わっていくようだと 7、8年前に聞いた。
その頃、私が卒業した小学校も閉校式が行われたと聞いていたので、てっきりなくなったと思っていた。

その地区の博物館で学校の企画展があるというので娘と一緒に行ってきた。

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私は小学校1年生で3ヵ所の小学校に通っている。
入学して半年ほどで、親が郊外に家を建てたことによる引越しで転校。その学校がマンモス校で数ヶ月後に近隣に建てられた小学校へ転校。

と、捉えていた。

今回、その地区の学校の歴史を見ると、数ヶ月しか通わなかった2校目の学校は マンモス校でも何でもなく、その地区の急激な住宅造成で子どもが一気に増え、5年で小学校を4校も建てていたことを知った。

私が小学生の頃は、町の全盛期で人数もだんだんと増えて、教室が足りずに特別教室を使ったりしている時期だった。

その後、次第に高齢化が進み、現在小学校は2校に減っていた。

そして、私が通っていた小学校は名前を変えて今も小学校として健在だった。(名前を変えて開校式をしていた)
まだ、あったんだ。
パネルで紹介されている写真をみて無性に懐かしくなる。

そうそう、校舎の玄関前には長い長い階段と坂道があって、冬の寒い朝は 坂道を上る先生方の車がよく滑って先生方がたくさんで押したりしていたよな。
この長い長い階段、ランドセルを忘れたとき、どんなに長く感じたことか。
ああ、この中庭、放課後によく残って遊んでいて 2階の職員室前の廊下から眺めていたんだよな。先生に早く帰ろって何度も言われたっけ。

小学校の思い出なんて、あまりないなあと思っていたけれど、写真を見ていると、その中にあの頃の自分が見えるようだった。
確かにあの時、私はこの校舎で たくさんの時間を過ごしたのだ。


私は高校卒業とともに家を出て、両親は子どもたちが巣立ったあと、一戸建てはいらないと再び引越してしまったので、今は縁のない場所になってしまっている。

以前(といっても10年ほど前だろうか)、20年ぶりくらいに近くを通ることがあったので、少し遠回りして小中学校のそばまで車で通りすぎたことがある。
懐かしさよりも、こんなんだったっけ?という印象を受けた。随分、町全体が小さく見えたのを覚えている。
子どもの足や目線とはやはり見えるもの、感じるものが違ってしまうのだ。
自分が大人になったんだな、と少し感傷に浸った。


今回、この展示を見て、そういう諸々をひっくるめて、今自分はどう感じるだろう、また行ってみたいな、という気持ちになった。

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小学校1年生の前半の半年だけを過ごした最初の小学校も、閉校して校舎が解体するとかしないとか、新聞に出ていたけれど、どうなったのだろう。
そこは私が生まれた町でもある。
「薫風」の思い出の町。行ってみたいな。たぶん、随分変わっているんだろうな。でも、今はそれも受け入れることができる気がする。

何よりも、思い出すあの頃の自分に出会える。

最近は、母が育った あの道北の祖母の町にも、もう一度行きたいなと思うことがある。


思い出巡りするには早いんじゃないの、人生終わるみたい、と娘に言われてしまったけれど、郷愁感じるほどに、やっぱり年とったのかな。

過去も大切に思い出しながら年を重ねている、ということにしておこう。


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