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2022年10月27日「杉谷拳士電撃引退」の見出しが踊る。10年前のあの日が、きっと始まりだった。ファイターズに尽くし続けた拳士に、ただただ、ありがとう。


 早朝に目覚め、スマホを開けた。スポーツニュースに「杉谷電撃引退」の文字が見える。一瞬愕然としたが、諦めのような気持ちもした。

どのような経過だったのかは、わからない。
球団から戦力外を告げられたのか、トレードを打診されたのか、いずれにせよ来季の構想外は確定していたのだろう。
 
現実的に考えて、来季のファイターズに拳士の居場所を探すのは、難しい。ユーティリティでスイッチヒッター、隙間産業で長いことやってきたが、外野も内野も若い選手で埋まり、ドラフトでもメジャーリーグに昇格を実現した加藤豪将を指名した。外野も内野もこなす27歳の彼は、言うたら「杉谷の代わり」のポジションの選手だ。
 
拳士のお給料は高くないから、遥輝(西川)くんや大田泰示のように「ノンテンダー」で出される理由はない。経験豊富なベテランの便利屋として、若い選手をまとめる役として、置いておく価値はあったと思うのは、ファンの贔屓目なのか。

 引退に向けて、栗山前監督が、会見場に現れ、労いの言葉をかけたが、新庄現監督からは、今のところ公式のコメントは、出ていない(と思う。わたしが見た限りですが。記事の中で新庄さんの話はあったけどね)

この2年間のファイターズ球団は、ことごとくファンの気持ちを逆撫でする。中田翔しかり、ノンテンダーの選手しかり、そして杉谷拳士まで。ファイターズが北海道にきて19年。その中で、それなりの長い時間を共に過ごし、ファンに愛された選手たちが、無造作無慈悲にファンの前から「消されて」しまう。

引退会見で、拳士は、具体的なことを何も話さなかった。言いたいことはあったのかなかったのか。もちろん、わたしにはわからない。
ただ、もう二度と杉谷拳士というプロ野球選手に会うことはできない。
事実は、それだけだ。

 拳士のことを思う時、いつも頭に浮かぶ試合がある。
今を去ること10年前。2012年8月30日の札幌ドーム。わたしは、ダイアモンドシートにいた。生涯で座ったのは二度だけだが、そのうちの1回だ。たまたまお友達の会社の人が持っている券が回ってきて、御相伴に預かった。

その年のファイターズは、栗山新監督が誕生したばかり。指導者未経験の監督、大エースダルビッシュのメジャー行き、前評判はしたたかに悪かったが前年から丸ごと残った体制の中で、栗山監督は首尾一貫腰を低くしながら「4番中田翔」「左腕エース吉川光夫」を確変させ、8月の時点で首位に立つ、予想外の展開を見せていた。

なんか行けるのかも? 
気持ちが昂っていた矢先。前日の29日、チームを牽引する中心バッター田中賢介が、一塁守備でライオンズのなかじー(中島宏之)と交錯し、左腕肘を骨折。大事故だった。

賢介のいないファイターズ。
一体どうなっちゃうの?せっかくここまできたのに。
そんな気持ちでやってきたダイアモンドシート。めちゃめちゃ見やすい!目の前に選手がいて、凄い迫力だ!
食事や飲み物も注文したら席まで届けてくれるし。金持ちってすげー
とか貧乏人根性で舞い上がっていたけれど。

それよりもこれよりも、目を見張ったのは、その日のオーダーだった。

上にリンクしたNBP公式記録より抜粋

レギュラー格は、中田、稲葉、小谷野、大野だったが、賢介のいない二塁には、西川遥輝、ショートに中島卓也、ライトに杉谷拳士。 
遥輝は2010年のドラフトなので2年目である。中島、杉谷は、3年目か4年目。後に近藤健介も併せて栗山監督から「ちびっこギャング」と名付けられる。若い若い選手が、スタメンを張って、ベンチから飛び出していく。

賢介を失い、優勝への道程は、どこへ向く。栗山新監督は、以降も常にそうであるようにピンチになればなるほど最も斬新な、冒険的な手段を選ぶ。

目の前で、中島卓也がヒットを放ち、杉谷も打ち、そして、西川遥輝が打点を上げるー天性の勝負根性は、すでに発揮されていた。

ものすごく楽しいゲームだった。
人生で初めて観るダイアモンドシートの、バッターボックスが目の前の、真っ正面のマウンドからの。見える野球は、どこまでもキラキラと輝いてー
そういうイメージ映像しか、頭の中には、残っていない。

ファイターズは勝って、賢介の不在を埋めえると証明し、9月の優勝へと向かっていく。このゲームが分岐点だったと、確信できる。

この年、2012年から2021年まで、西川、中島、杉谷は、ファイターズに欠かせない紛れもない中心選手たちだった。
「いや杉谷拳士はレギュラーではなかった」
と言われるのだろう。でもさ。
「いやそれも違う」んだよ。

杉谷拳士は、スターティングメンバーのレギュラーではなかっただけで、大抵は、一軍ベンチにいたレギュラーであり、チームに欠かせない選手であり続けた。たとえ、それが取り立てて優れた成績でなかったとしても。

なぜそう続けることが出来たのか。

わたしは、単に彼が、ムードメーカーだから、人気者だから、いじられキャラで中田翔のお守り役だったからとは(半分は正しいかもしれないが)思われない。

スイッチヒッターで、どこでも守れる選手。意外性のあるバッテイングスタイル。ある側面での勝負強さ。拳士にはチームに勝ちをつける力があった。
それに加えて、中田翔を筆頭にわがままな選手ばかりが自由きままに過ごすベンチの綻びを繕う、まともな道をつけるー目に見えない役割を担っていた。ように、今となっては思える。

2021年、そのようにして10年余り、拳士が必死で支え守ってきたチームは、床下からぶっ壊れ、崩壊する。栗山監督もついに辞任。
もしかすれば、すでにその時点で杉谷拳士のファイターズでの生きる道は、閉ざされていたのかもしれない。

2022年、新庄剛志新監督就任。プロ野球生活13年で培ってきた人気者としての役割、オフシーズン、バラエティ番組への出演を禁じられる。

今でも、あたしは激怒するけれど。個人事業主であるプロ野球選手のオフにある個人的な営業活動を、一監督に過ぎない新庄さんに禁止する権利などない。拳士も従う義務など本来はない。
しかし、従うしかないー「監督の命令は絶対」だからだ。

表向きは、誰でも「監督に感謝」したり「期待に応えたい」とする。当たり前だ。監督は使う方で選手は使われる方でしかいられない。だからこそ。
だからこそ、権力にある立場の者は、深く深く考えなければならないんだ。
「選手の幸せ」についてー

拳士が実際、どういう気持ちだったかはわからない。
どちらにせよ、監督の指示に従い、そして野球の結果は出なかった。

「監督の期待に応えられなかった」

と拳士は、というけれど。「監督の期待に応えるため」にプロ野球選手は、野球をやってるんじゃないよ(そのような気持ちに選手をさせるとしたら、その監督、チームのやり方は正しい方を向いていないとわたしは思います)
まずは自分を食べさせるため。そして後は、ファンを楽しませるために「プロ野球の試合」はある。それ意外に意味はない。

そう、杉谷拳士は、2012年からずっと、ずっとファンを、わたしたちを楽しませ続けてくれた。紛れもない真実のプロ野球選手だったのである。
これだけは、絶対に、間違いない。

すべてを尽くし上げたファイターズで、こんな終わらせ方をしてしまって、一ファンとして、本当に本当に、無念だけれど。

胸を張って、前進してください。
これからの人生に、光あれ。

ありがとう。拳士くん。
ありがとう。ありがとう。
14年間、ありがとうございました。


(文中敬称略)





 

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