[小説]階段スライダー

「なあ、誰が下駄箱まで一番か競争しようぜ」

って小坂くんが言い出して

「いいよ」
「おっしゃ負けねぇぞ!」

と内藤とよっしーも乗り気になったから

ここは4階で、下駄箱までは遠くて正直めんどくさいなぁ、と思っていた俺だけど、お調子者の血が騒ぎ、

「よーい、スタート!」

と先陣を切って走り出しちゃったりして。

「あいつマジになってるぜ!」

みんなケラケラ笑いながら走っていたけど、階段へ続く長い廊下に差し掛かる頃には、みんな負けず嫌いだから、みんなマジになって走っていた。

廊下の突き当りが階段になっている。ここから1階まで一気に駆け下りる。

俺は少しだけ抜きん出て先頭を走っていた。

絶対抜かれたくない。

階段に差し掛かり、2段3段と飛ばして下りた。

今まで走ってきた加速と、階段を抜かして飛ぶ重力に引っ張られ、自分が車のようにものすごいスピードを出しているように感じた。

流れる景色がとても速い。風を感じる。感じたことのないくらい体が動く。ついていけないほどの速さ。それでいて、階段を踏み外す気は全くしない。

調子がいい。いける。

と思った俺は、3段4段と階段を抜かして下りた。

この位置に着地すれば、大丈夫。
これだけ足を伸ばせば、大丈夫。
絶対に転ばない。不思議と分かった。

5段6段と抜かしても、全く不安がなく、7段8段と抜かしてもスイスイと飛べた。

9段抜かして10段飛ぶ。滞空時間が長くなり、足が地面に接している時間が短くなる。4階から一気に駆け下りてきたから加速度がどんどんどんどんついているから、まるで光にでもなったのかと思うほどの速さの中を俺は走る。

自分の重さを感じなくなった。感覚だけ残して、俺の体は無くなってしまったと思うほど。

ビュンビュンと流れる景色を感じながら、俺の思考はゆったりとしていた。

今なら何でも出来ると強い確信を持っていたから、踊り場についたときに思った。

「次の踊り場まで飛べる。」

何段あるかは知らない。
20段も無いだろう。
なんだ、全然余裕じゃないか!

踊り場から
階段の一番上から
俺は足を踏みきった。

あまり高く飛ばなかった。
このぐらいの高さでいけると
“分かって”いた。

階段のスレスレの位置を、俺は飛んだ。階段の角度と俺の飛んだ角度が一致しているかのように。

まるでスキーをしているかのように俺は空中を滑っていた。あまりの速さに、階段は滑らかな斜面に見えた。風が肌に当たる。音が消えて、静かだ。永遠とも思える時間、飛んでいた。足元だけ見ていた俺は顔をあげた。

目の前は暗い空間になっていて、赤や黄色や派手な色の光がところどころに灯っていて、流れ星のようなものがビュンビュン俺の横を通り過ぎる。永遠に続く階段。底の見えない階段を俺は滑るように落ちていく。

両手を広げ、流れに身を任せる。布団の中にいるかのような心地よさを感じて、落ちているのかさえ、もうわからない。空中を漂っているだけなのかもしれない。ビュンビュンと景色流れる中で、流れ星が通り過ぎていく中で、俺だけが止まっているかように、ゆっくり動いていた。

俺という存在が、溶けて無くなっていく感覚。気持ちイイ。

これが、永久…

「たけやん!たけやん!!!!」

耳元で小坂くんが俺の名を呼ぶ声が聞こえて、ビクンッ、とした。

「あ、小坂くん。。」

目の前に小坂くんと内藤とよっしーがいた。目が逝っちゃってたよ、と内藤が俺を笑っている。校舎に残っている生徒たちのガヤガヤする声が急に耳に届いた。俺は下駄箱の前に立っていた。

「たけやん、ビリだったんだから荷物持てよ」
「…は?え、そんな約束したか?」
「今決めたの!罰ゲームがないと勝負にならないだろ?」

よろしく~、とみんなが俺にカバンを渡す。俺はビリだったのか?抜かされた記憶はない。それよりも下駄箱に着いた記憶もない。俺は階段を下りて、それから…

階段での出来事を俺は誰にも話さなかった。

話したら、あの出来事の記憶が消えてしまうんじゃないかと思えたから。

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