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個人がワークスタイルを追求する時代へ。集中力の専門家・井上一鷹氏と考える、創造性を発揮できる環境【Meeteligence セミナーレポート】

世界のオフィスは、COVID-19で進化した。日本でもその役割や価値は見直され、「ワークエクスペリエンス」の高め方が注目される。

「“はたらく”に歓びを」をビジョンに掲げるリコーも、その向上を目的に、実践型研究所「RICOH 3L」の開設や、創造的な会議空間「RICOH PRISM」の開発なども試みてきた。

次世代の「オフィス」や「働き方」は、どのようにデザインされていくのだろうか?

そうした問いから始動したプロジェクト「Meeteligence」。さまざまな有識者と対話し、COVID-19以降の「会う」が創造性や知性に与える影響を探る。

初回はコクヨ株式会社のワークスタイル研究所所長・山下正太郎氏を、第2弾では世界最先端の神経科学をベースに人間理解を試みる株式会社DAncing Einstein代表の青砥瑞人氏を招いた。

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第3弾では、アイウエアメーカーのJINSで集中力の研究をもとに新規事業として「JINS MEME」や「Think Lab」の立ち上げを経て、株式会社Sun Asteriskに参画した井上一鷹氏をゲストに迎えた。

リコーからはRICOH PRISM開発担当の村田晴紀が参加し、モデレーターは&Co代表取締役/Tokyo Work Design Weekオーガナイザーの横石崇氏が務めた。企画したオンラインセミナーから、その議論をレポートする。

普段とは違う自分を引き出す、非日常のオフィスづくり

井上氏は、前職のJINSで「世界で一番集中できる場所」をコンセプトに掲げたワークスペース「Think Lab」を開発した。この背景には、JINSでの調査の結果、最も集中できない空間が「オフィス」だと判明したことにある。

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研究によると、人が何かに集中しようと心掛け始めてから深い集中状態に至るまでには平均で23分かかる。しかし、オフィスではその状態に至る前に同僚に話しかけられるため、集中が途切れやすいのだ。

井上氏は「環境を整えればオフィスより自宅のほうが集中できるため、コロナ禍でリモートワークが進んだことはよかった」と語る。では、自宅で仕事をできるようになった今、オフィスにはどのような役割が求められるのだろうか。「RICOH PRISM」を体験した井上氏は、今後オフィスが担うべき役割が示唆されていたと話す。

井上氏「家で70点まで仕事できるようになった今、ワークスペースにおける最低条件は、非日常を感じさせることだと思います。そうでないと、わざわざ行かないですからね。RICOH PRISMは明らかに普段とは違う自分を引き出してくれて、『この場所に来てよかった』と思えるプロダクトでした」

実際に村田は、井上氏が手がけたThink Labを参考にしながら「『毎日会うこと』がミッションでなくなった世界で、わざわざ会って話すからこそ価値ある場」を目指してRICOH PRISMを開発した。誕生の経緯については、以下のインタビューに詳しい。

https://note.com/ricohprism/n/n8396b456f7c7

自らの状況に合わせて仕事をする時間と空間を組み合わせ、パフォーマンスのコントロールが求められるようになった今、井上氏はRICOH PRISMに期待する役割を語った。

井上氏「集中するための環境と、創造性を発揮するための環境は大きく異なります。1人の仕事に合う環境と、複数人でアイデアを出しやすい環境も違いますよね。チームでの創造性を発揮することに振り切ったRICOH PRISMの今後が楽しみです」

ワークスタイルの追求が、仕事の成果に関わる時代へ

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今回のディスカッションのテーマは、「アウトプットを最大化するワークスタイルの組み合わせとは?」。井上氏はコロナ禍で明らかになった、リモートワークの弊害について言及した。

井上氏「これまでは通勤しながら自分のスイッチをオンにしていましたが、その過程を飛ばして一気にオンにしなくてはならなくなりました。さらに、パブリックな自分からプライベートな自分まで、あらゆる役割を『家』という一つの場所で担う必要が出てきましたよね。結果、在宅勤務の弊害として特にオンからオフへの切り替えができず、仕事から抜け出せないことに苦しんでいる人が多いのではないでしょうか」

だからこそ今後は、仕事する時間と空間をコントロールしないと成果に差が出てくると井上氏は考えている。アスリートがより良い成果を出すために自分に合った靴を選ぶのと同じように、自分の働く環境を個人が選ぶ時代が訪れる、というのが井上氏の予測だ。

井上氏「これまでは全員が同じ仕事環境を与えられて一斉にスタートを切っていましたが、これからはワークスタイルの工夫によって出せる成果に差が出る時代になると思います。今後は誰もが、ワークスタイルのデザインにコミットすることになるでしょう」

選択と集中によって、個人が創造性を促進するサポートを

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とはいえ会社にとっては、社員にワークスタイルを選択させることには手間やコストがかかる。現状では、Think LabやRICOH PRISMのような新しいワークスタイルを促進している会社は少ないだろう。

村田「ワークスタイルが仕事の成果に大きく影響する、というデータが出ていないからでしょうね。例えば、エンジニアが成果を発揮しやすいパソコンを選べますが、エンジニアがクリエイティビティを発揮しやすい環境を選べるかというとそうではなく、『どんな環境でも一緒でしょ』『椅子は座れればいいでしょ』と認識されてしまう段階にあると思います」

井上氏「ここは難しいところで、創造性が高かったと判定する基準がないので実験ができないんです。現在のワークスタイルの選択が、数年後の損益計算書に影響する証拠を取りきれない。現状ではその会社なりの別の理屈を持っていないと、新しいワークスタイルを取り入れることに進みづらいと思います」

そのような現状を踏まえて、社員の創造を促すために、企業はどのような仕組みを提供できるのだろうか。村田は、会社が「選択肢を減らすこと」による集中の促進を担えるのではないかと話す。

村田「選択肢が多いほど創造の幅は広がりますが、一方で選択肢が多ければ多いほど決断しにくくなります。会社は社員にとって不要な選択を減らし、個人がより創造的に振る舞える環境をつくる必要があるのではないでしょうか」

井上氏「理屈があるわけではないのですが、自ら選んだ証拠があると、人はクリエイティブになりやすい傾向にあると思います。だからこそJINS MEMEやThink Labでは『自分で決めたい』と考えている人に向けて価値を提供してきましたが、そうでない大半の人は『誰かに決めてほしい』と思っている。その人たちも『自分が選択した』と思えるUXを設計できたら、創造性を発揮しやすくなるのかもしれないなと思いました」

例えばRICOH PRISMでは、チームのアイデア発想を支援するブレインストーミングの空間「Brain Wall」で、タイムマネジメントやファシリテーションが自動化されている。これも、不要な選択を減らすことで社員の創造性を促す仕組みだ。

村田「会議でタイムマネジメントに創造力を奪われることがありますよね。『この会話にどれだけ時間を使おう?』と考えたり探り合ったりしていると、アイデアに集中できない。そこで、ファシリテーションをセミオートにするだけで人はアイデアに集中できるのではないか、と実験してみたところ、満足度が高いようです」

さらにRICOH PRISMでもう一点、不要な選択を減らしてくれた感覚があったと井上氏は話す。

井上氏「会社にいると序列があるので、下の人は『あの人の発言を待とう』と発言せず、序列が上にいる人の発言量が多くなりがちです。ですがRICOH PRISMでは、入るときに靴を脱いで明らかに普段と違う環境に入ることで、会社の序列から自然と離れて『同じ人間』くらいの感覚になれました。それだけで、部下たちの発言量が変わってくるはずです」

これらの具体例のように、真に創造的なチームを目指す上で仕組みがフォローできる部分は大いにあるだろう。

個人のスペシャリティを引き出し、シナジーを生み出すために

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企業に属しながら新規事業を立ち上げた「イントレプレナー(社内起業家)」である井上氏と村田。社内で新規事業を創造する上で、重要なポイントを聞いた。

村田「会社は新規事業に賭ける必要に駆られているわけではないですし、実際に僕がやっていることは今日明日の成果に結びつくわけではありません。そうなると『やらなくてもいいんじゃない?』だとか『あんまり評価されていないよ』といった声が入ってきやすくなります。そのような声を入ってこないようにしつつ、独りよがりにならないようバランスをとる必要がありますね」

それらの声に負けないためのポイントとして、村田は「夢中になっている人がいるか」が重要だとまとめた。

井上氏「村田さんのお話を聞いて、新規事業の主役は誰かを考えましたね。主役は、僕のようなビジネスマンではないんですよ。事業に関わっているスペシャリストが主役であり、彼らが自分ごととして語れるコアコンセプトが欠かせません」

新規事業を具現化するのに欠かせないスペシャリストたちのワークスタイルについて井上氏が言及し、ディスカッションが締め括られた。

井上氏「これまでの時代は1人の天才がいれば新規事業が成り立ったかもしれませんが、これからはスペシャリストが集まって価値を創造する時代になっていくと思います。ですから今後の僕のテーマは、スペシャリストが楽しく自分を発揮できる社会をつくることです。個性を認め合える空間があって初めて、個人のスペシャリティが掛け算されてシナジーを生み出すと思います」

これまでの企業は、個人の「スペシャリティ」は蓋をされやすい構造であったと言えるだろう。個人が心理的安全を感じながらクリエイティビティを発揮し、アウトプットを最大化するために、会社が続けてきた制度を見直すタイミングが来ているのではないだろうか。

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文/菊池百合子、編集/長谷川賢人、写真/小沢朋範 、企画/NewsPicks NextCulture Studio

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