見出し画像

アフターコロナに必要な「会う価値」を高めるデジタル×リアルな空間を──RICOH PRISM・村田晴紀が向かう“2036年”

創業100周年を迎える2036年に向けたビジョンに「“はたらく”に歓びを」を掲げるリコーが、チームの独創性を加速させる実践型研究所として開設した「RICOH 3L」(3Lは、リコーの創業の精神である「三愛精神」の英語表記「3Loves」にちなんで名付けている)。その中に、不思議な“会議室”「RICOH PRISM」がある。

3.9m四方、およそ10畳足らずの真っ白な部屋に一歩踏み入れると、しんとした空間を静かに光と音が取り囲む。周囲と底面を照らすのは、天井から吊られた6台の大型のプロジェクター。映るのは、カラフルに彩られた泡や液体、ブレインストーミングを捗らせるプログラム、さらにはエクササイズのレクチャーまで──。

画像8

(撮影:GO motion Yutaka Kitamura)

RICOH PRISMは、チームの創造的な「気持ち」を高める新たな空間として開発された。音と光がムードを盛り上げ、香りや触感まで駆使した演出に体ごと包まれる体験は、一人ひとりの能力をさらに引き出す仕掛けに満ちている。

VRでもARでもなく、生身のままに「デジタルで囲まれる」という体験のはずが、まるで森林浴のように居心地が良い。さらには新たな刺激への心地よさと、かすかな興奮さえ覚える。

「対面コミュニケーションの価値を上げる」というアイデアをもとに、本プロジェクトをリードする村田晴紀に、PRISMの開発にかける思いを聞いた。

画像3

村田晴紀 Murata Haruki                      株式会社リコー Fw:D-PT 
東京工業大学にて化学工学修士取得後、2013年に株式会社リコーに入社。沼津工場にてトナー関係の要素技術開発から商品開発および生産工程設計までを担当。その後、未来の工場の在り方を考えるプロジェクトへの参画を経て、社長直轄の全社横断プロジェクトである2030シナリオ委員会に参画。その後、2018年に経営企画本部へ異動し、RICOH PRISMのプロジェクトを企画提案し、リーダーを務め、現職。RICOH PRISMの提案と同時並行して、社内メディア事業の企画立案実行、"はたらく"を研究する施設RICOH 3Lの企画立案実行に携わっている。

社外での悔しい体験が、活路を開くきっかけに

──社内副業制度を経て、新しい環境でチャレンジをされています。

村田 元々は複合機のトナー開発に携わる化学エンジニアでしたが、自ら志願して、2018年に経営企画部へ異動しました。最初はベンチャー企業などにアポを取り、「リコーを変えたいと思っているんです」とお話をさせてもらう機会を得ていきました。

日本中を駆けずり回って、海外にも行って、拙い英語で「やりたいこと」をしゃべり……それらは自分が推し進めたいことを考える機会になりました。

その頃に作った言葉が「デジタルアルコール」です。

────アルコールとは、お酒のこと?

そうです。

僕自身、社外へ飛び出しても、その頃はアイデアもプロダクトもなく、他者とうまく話せないことも多くて……でも、時々、建設的にディスカッションができた。うまくいったときの共通点は、自己開示をして、素直に話せた時でした。

それを原体験に、「精神の問題」が個人のアウトプットを左右するのであれば、それをサポートできるプロダクトはできないかと思うようになりました。「変なことを思いつく人の頭はどういう状態なのか?」を考えると、いわば「やや酔っ払っていて、タガが外れやすい状態」ではないかという仮説が浮かび上がったんです。

音楽ライブに行くと高揚する、ホテルでの打ち合わせは厳かな感じがする、といったように、環境や空間をデジタルでスイッチングすれば“アルコール的”な効果が起こせるのではないか、と。

最初は誰からも理解はされませんでした(笑)。

画像6

その世界観に目をかけてくれたのが、後にRICOH 3LやRICOH PRISMでもご一緒するart and programさんというクリエーターチームです。社内からも海老名事業所から興味を持ってくれそうなエンジニアを口説いて、チームを作っていきました。

──初期の「デジタルアルコール」から「会うを刷新する。」へとコンセプトが変わりましたね。

スタートはコロナ以前でしたが、4人のメンバーとはリモートが基本で、個々で探索を深めていました。1カ月に一度しか会わなかったせいか、未来についての話など、毎日顔を合わせていたら出てこないような話題をぶつけ合う会になって。もしかしたら、世の中はこっちに近づくんじゃないか、と思いました。

利便性が高まれば家で絶対に働きたくなるし、面倒な移動時間もコストととらえるはず。「毎日会うこと」がミッションでなくなった世界では、わざわざ会って話すからこそ価値ある場が生まれる。それに資するものが必要なのではないか、と。

画像7

センシングとフィードバックで世の中はできている

──PRISMはプロジェクターによる映像の演出が印象的です。この発想はどこからきたのですか。

社外を巡っている時に「センシングとフィードバックで世の中はできている」という気づきがありました。Google検索なら、ユーザーに「どんなことが知りたい?」と聞き(=センシング)、「調べられる」というサービスを提供する(=フィードバック)。

人に対するセンシングといえばカメラですが、カメラの前では話しづらくありませんか? でも、「カメラに手を振ると花が開く」とわかると、人は喜んで手を振る。つまり、速くてポジティブなフィードバックを演出すれば、人はカメラの前でもポジティブに振る舞う。

撮られているとわかり、「何のために撮っているのか」を知っていれば、素直に安心して自分の像を渡せる世の中になっていくのでしょう。

その後はセンシングとフィードバックを実装する「箱」が必要で、社内を探したところ旧新横浜オフィスの空き部屋を見つけました。

その部屋に、窓や什器を隠すために白い紙を貼り巡らせ、社内からプロジェクターを借りて映し始めました。それぞれの壁面に映像を映す技術などの研究を経て、気持ちが動かされる映像とは何かと、探求する日々。

試行錯誤を続けていると、「面白そうなことをやってるね」と社員が顔を覗かせるようになりました。コードが書ける人、絵が上手な人、体験設計できる人、ハードウェアに強い人……と集まり、仲間が増えていきました。

画像5

ついに、有人プロトタイプにこぎつけ、経営陣にプレゼンテーションする機会を得ました。山下社長からは「君はずっと同じことを言い続けてきたね。だったら、本当に作ったらいい」と言っていただけた。そこからは無人で動くプロトタイプを、RICOH 3L内で立ち上げていくことになりました。2019年8月のことです。

屋内空間の位置関係を緻密に取る技術はまだ例が少なかったのですが、それを空間全体に適用するというキーテクノロジーをみつけ、現在のRICOH PRISMに近い構想まではたどり着けました。

空間内の違和感を極限まで減らしていく

──RICOH PRISMが2020年に稼働を始めて、どういった反響がありましたか。

まだまだ実験途中ですが、「人の視野はそれほど広くない」というのは収穫です。たとえば、床に自分の名前が表示されていても、なかなか気づけない。一方で、人間が体験に対して「面白い/つまらない」と評価する感度は非常に高い。ほんの数秒の空白が違和感につながります。

特にビジネスや商談、ディスカッションでは、たった1秒の間で、思考をそがれたり、流れが断ち切られたりすることがある。エンジニアとRICOH 3Lにこもって、ひたすら「使いながら直す」を繰り返し、主に社内の人に体験してもらっています。全て録画を残しているので、それらを高速で見ながら、行動や体験を解析し、改善していく日々です。

画像6

「会いたい人としか会わない世界」だから、リアルの価値を高めたい

──RICOH PRISMは、今後どのような存在を目指していますか?

個人の能力が高まり、個人が台頭していく世界で、彼らがチームを組んだ時の掛け算を強くしたい。その流れを会社も組織として理解し、社員同士が会い、良い効果を生むきっかけの場所になりたいですね。

アフターコロナの世界では、基本的に「会いたい人としか会わない世界」になると見ています。オンラインで済むなら、わざわざリアルで会う必要もなくなるでしょう。RICOH PRISMが提供するのは、コンテンツではなく「人と人とのインタラクション」です。リアルで会うなら、お互いを絶好調にしてくれる刺激的な舞台でありたいのです。

画像6

──今は、どういった方に試してみてもらいたいですか。

自ら変わろうという意欲のある人、変わっていく未来を目にすることが好きな人に試していただきたいですね。会社として義務化したり、嫌いな人に押し付けたりするものでは絶対にない。エンタメと一緒で、まずは好きな人たちで作っていくべきでしょう。

PRISMは効率という面で優れているわけではありません。どちらかというと、効率化以外の要素を押し上げる場所です。

たとえば、「雑談する意味」を重視できる環境です。そこに価値を感じ、よりクリエイティブになれる刺激を提供したいし、一緒にムーブメントを作っていきたい人たちと組んでいきたいと考えています。

画像5

──今は刺激を提供するインタラクションが中心ですが、自然風景を流すなどの癒しを提供する展開もあり得るでしょうか。

森林が好きな人は、リアルな森林へ行ってしまうんじゃないかなと(笑)。RICOH PRISMは「行けなそうな場所」から攻めるのがいいと思っています。リアルな自然にはかなわないので、自然を再現するよりは「選びたくなるデジタル空間」でありたい。自然をデジタル化して見せるのではなく、そもそもこのデジタル空間自体も人間にとっての自然といえるかもしれません。

旧来型のオフィス環境の画一化したフォーマットも、人間が作り出した一つの自然的風景ともいえます。良い悪いではなく、あくまで「個の台頭とチーム組成の時代」には、旧来型のオフィス環境が必ずしも合うわけではなくなってきたのだと思っています。

ワーケーションが盛んですが、おそらく1年ほど続けてみると、行く場所に新鮮味が減って、選択肢に困ってくるとも思います。家族との調整が必要だったり、日帰りだと行き先が限られたり。もう少し選択肢が欲しくなってきたところに、RICOH PRISMが、「会うを刷新する」場として一つの存在感を発揮できるはずだ、と期待しています。

聞き手:久川桃子 構成:長谷川賢人 撮影:小池大介 企画:NewsPicks NextCulture Studio


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?