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【ミュージカル音楽】切なすぎるラブソング『In His Eyes』〜ミュージカル『Jekyll & Hyde』より

そういえば、noteを書き始めてから、特定のアルバムとか曲についてのライナーノーツ的なコンテンツはまだ書いていないという事に、ふと思い至りまして。
でも、書いてみようと思う曲は、すでに沢山の良質なノートが書かれていて、私が今更書かなくても。。。と、心折れてお蔵入りになる事、数回。

ま、でも、気にしてても仕方ないしね。書きたいから書く事にしました(笑
とは言え、あんまり遠くにいきなりジャンプする勇気もないので、手始めにミュージカル曲で試してみたいと思います。

かなり長文になってしまったので、お急ぎの方は「歌詞とメロディを紐解いてみる」は飛ばしてお読み頂くといいかもしれません。
すでに『ジキハイ』マニアの方、英語の歌詞にご興味のある方は、「歌詞とメロディを紐解いてみる」だけお読み頂いたら、足りるかと思います。
英語はちょっと苦手。。。という方もご安心を。
この曲のボキャブラリーは、ほぼ中学英語レベルです。試しにチラ見だけでも、ぜひ♡

愛は歌うモノなのだ

生きていると、「されたら返答に困る質問」というのは誰しもあると思いますが、私の場合は「1番好きなミュージカル曲はなに?」と聞かれるのだけは、とても困ります。わりとなんでも白黒はっきりさせるのが好きな私ですが、これは答えられない。

なぜならこの質問は、「1番好きな ミュージカルのシーンはどれ?」という質問と同義だからなのです。
そんな質問しませんよね。普通。

「1番好きな テレビドラマのシーン」
「1番好きな 映画のシーン」

特定の作品の中で1番好きなシーンなら答えられるかもしれないけど、今まで観た(いや観てなくても)作品全ての中から、好きなシーンなんて答えようもないし、そんな意味不明な質問は、たぶんされないと思うわけです。

だから、1番好きなミュージカル曲は特にないのですが、好きなジャンルはあります。

ひとつは、以前に書いたovertureです。
私の暑苦しいoverture愛については、こちらのnoteをどうぞ。

それともうひとつ。
ラブソングが好きです。ベタですみません。

ミュージカルがドラマである以上、やはり感情が1番盛り上がるのは、愛が溢れる時。
ミュージカルでは、愛が溢れると歌うと決まっております。

愛が溢れて盛り上がって歌う曲には、ドラマチックな名曲が多い。
だから、ミュージカル曲の中では、私は「愛の歌」が好きなんです。

「愛の歌」とざっくり言っても、いろんな「愛」があります。
よくあるのは恋愛の歌、家族愛、国や神様への愛、数は少ないけど人間愛を歌う歌もあります。

どのタイプの愛を歌っているにしろ、このジャンルは、その作品を代表する名曲の宝庫。

今回は、そんなラブソングの中から、《切ないラブソングランキング ミュージカル部門》で、必ず上位に入ってくるであろう名曲、『ジキルとハイド』から『In His Eyes』について紐解いてみたいと思います。

『In His Eyes』とはこんな曲

最初に白状しますと、私は、ミュージカルの『ジキルとハイド』は観ておりません。
ですから、これから書く事は、ちょいちょい妄想で、いや、想像力を総動員して書いているという事を、最初にお断りしておきます。

ちなみに、サントラ版は大好きで、昭和な言い方をすれば、テープが擦り切れる程聴いています。
これ、ステージで観たいわー。いやまじで(笑

ミュージカルの『ジキルとハイド』は、原作の『ジキル博士とハイド氏』にインスパイアされて創作されたストーリーでして、ジキル博士が自作の薬を飲んでハイドの人格になり、心の中に溜め込んでいた、恨みや不満を解き放って好き放題やってトラブルを起こし、やがでジキルとハイドが混ざるようになり、最後にはハイドが大部分を占めるようになって。。。

という基本プロットは同じなのですが、ミュージカル版では、そこに、エマとルーシーという2人の女性がからんできます。


ジキルを愛する婚約者のエマと娼婦のルーシー。

ジキル、なかなかモテてます。
人格を変える薬飲むとか、余計な事するもんだから、ただでもややこしいのに、さらにややこしい三角関係(?)になっちゃう。

そんな時、エマとルーシーが、それぞれの切ない思いをデュエットで歌うのが『In His Eyes』という曲。
恋敵どうしのデュエット、これ、なかなかレアなタイプのラブソングではないでしょうか。

恋敵同士が、勝手に思いの丈を歌ってる体なので、デュエットとはいえ、気持ちが向かい合ったり、感情をぶつけ合ったりはしません。今で言う「ソーシャルディスタンス」もバッチリの、コロナ禍に最適なデュエットナンバーです。

2人は、1人の男性の事を思っているのに、見てる景色がまったく違う。

スローナンバーながら、畳みかけるように交互に歌っているのはそのためですが、見ている風景が違っても、愛する人(人格)を失いかけている、という意味では2人の置かれた状況は同じなので、曲の後半では、2人の思いもシンクロしていきます。お互いに共感しているのではなく、共鳴している。同じ男性に対して同じように切ない愛情が溢れていくのです。

ジキルの人格がハイドの人格に侵食され、ジキルの心に触れる事が難しくなっても、彼の瞳の奥(In his eyes)には、自分の愛したジキルがいる、と歌うエマとルーシー。
人間の中心は心じゃなくて、最後の最後は瞳の中なのか。。。
歌詞を読んでいて、その2人の発想の切なさに、泣けるのです。

と同時に、「ジキルとハイド役をやるには、瞳の中にジキルを残しながら、ハイドを演じる。。。んですか???」と思うと、これほどの難役はあるだろうかと、愕然としました。
実は、それがこちらのnoteを書いたきっかけです。

ジキルに対する愛を2人の女性が歌う『In His Eyes 』ですが、ハイドの中にもまだジキルが残っているんだ、と観客に知らしめる曲でもあります。
元に戻れなくて1番切ない思いをしているのは、ジキル自身なのかもしれない。

瞳の中(In His Eyes)というキーワードによって、単なるラブソングの枠を超えた、人間の逃れられない運命と、業の深さを込めたこの曲は、他の『ジキルとハイド』の曲たちと同様、観客の想像力を掻き立て、切なさの3乗で、観客の心を鷲掴みにする一曲です。

歌詞とメロディを紐解いてみる

冒頭の部分はこうです。

Emma:
I sit and watch the rain
And see my tears run down the windowpane

Lucy:
I sit and watch the sky
And I can hear it breathe a sign

エマは雨を見ながら、窓ガラスに伝う水滴を自分の涙に例えています。あるいは、涙を流している自分が、窓に映っているのを見ているのかもしれない。
この部分、伴奏は最初にコードが鳴るだけで、アカペラのように歌います。
物理的に静かな様子を描いていると同時に、エマの孤独が、一瞬にして伝わる1フレーズです。

ルーシーの状況はというと、「空を見て、ため息が聞こえる」と歌います。
く、暗い。。こちらも、負けず劣らず孤独です。

エマは室内から外を見ていますが、ルーシーは屋外でしょうか。
エマには雨を避ける屋根がある。でもルーシーには、守ってくれるものが何もないという崖っぷちな雰囲気が、伝わってきます。

この部分、音楽的には、いわゆる不協和音の連続。
不気味で寂しい。深い森の中で道に迷ってしまったような和音です。
このコード進行は、次の展開が読みにくいわけですが、その雰囲気がまさに、闇に迷い込んでいる2人の状況を、冒頭のたった1フレーズで、端的に表しています。

Emma:
I think of him
How we were

Lucy:
And when I think of him
Then I remember

Lucy/emma:
Remember

エマは、ジキルの事を思う時、昔、2人がどんな風だったかを「思い出す」と歌います。ルーシーの歌い出しは、「and」です。前に歌ったフレーズの続きなので、空を見て、どこからともなくためため息が聞こえてきて、ジキルの事を連想したのでしょうか。ジキルの事を思い「記憶する」と歌っています。

「remember」を2人が同時に歌っていますが、ここが肝で、エマは過去の思い出に想いを馳せているのに対し、ルーシーは彼の事を思っているという「今」を記憶すると歌っています。同じ「remenber」ですが、違う意味なんですね。

エマには縋る思い出があるけど、ルーシーには今しかない。今のこの気持ちを忘れないようにと、自分に言い聞かせているのです。

蛇足ですが、日本語で上演される時は、ここを2人一緒に「思い出」と歌います。
つまり、エマの「remember」しか歌えていない。
ミュージカル曲の訳詞の難しさは、こういうところなんだよなぁ。

この部分のメロディは、冒頭の不協和音から、だんだんと明るくなり、2人が同時に歌う「remember」のところでは、3度できれいにハモります。
今、2人が置かれた孤独で寂しい状況についての説明部分が一旦終わって、曲が新しい展開になっていく事を予想させるメロディです。

と同時に、ユニゾンではなくハモる事で、同じ「remember」という歌詞でも、意味も違うし、2人は平行線、愛する人を失いかけているという状況は同じでも、まったく違う思いを抱えている事を表しています。音の使い方が、ほんっとにうまいなぁ、さすがワイルドホーン。。。

Emma:
In his eyes I can see
Where my heart longs to be!

Lucy:
In his eyes I see a gentle glow
And that’s where I’ll be safe, I know!

Emma:
Safe in his arms, close to his heart

Lucy:
But I don’t know quite where to start

いわゆるBメロ部分。
2人がジキルに対する熱い思いを呟き始めます。

エマは、「彼の瞳の中に、自分が安心できる心の拠り所があるのだ」と歌います。この「long」は動詞で、「熱望する/切に願う」という意味なので、「where」以下を直訳すると、「エマの心がそこにいたいと強く願っている場所」となり、エマにとって、ジキルが心の拠り所だとわかります。その後の部分では、「彼の心に近い場所である腕の中は安心」と、愛する人への思いを切々と歌います。

一方ルーシーは、「彼の瞳の中に、優しく輝く光(gentle glow)があって、そこは安全な場所だと知ってるんだけど、それがどこから出てるのかが、全くわからない」と歌います。
ルーシー悩んでいます。ドツボです。

この部分、エマは「I can see」と歌っていますが、ルーシーは「I see」と歌っています。ちょっとした違いですが、エマは彼の瞳の中になにかを「見ることができる」のに対し、ルーシーは、彼の瞳の中にあるものが何かを「わかっている」と歌っています。

この先も、ジキルと生きて行くと信じたいエマ。新たなものを見いだす事がもうない想定のルーシー。canがあるかないかで、受けるニュアンスは、大きく変わるなぁとしみじみ。。。

Emma:
By looking in his eyes
Will I see beyond tomorrow?

Lucy:
By looking in his eyes
Will I see beyond the sorrow
That I feel?

ここは、2人の立ち位置の違いを、最も明確に表している部分。
彼の瞳の中に、エマは未来を、ルーシーは自身の悲しみを見ています。
エマは、ジキルのパートナーとして生きて行こうとしてる人ですから、ここまできてもまだ前向き。メロディも明るくなります。

ルーシーは、ジキルと自分を重ね合わせて言わば一心同体だと思っている人だから、自分の思いをジキルの瞳の中に見出すのです。

もっとも抒情的なこの部分は、いわゆるサビ。
ここは初めてサビのメロディが出てくる部分なのですが、まだドロドロ部分(?)に行く前なので、静かに歌っています。

ルーシーの最後の「that I feel」の部分はどの音源を聴いても、さりげなく、しかし丁寧に歌われていて、ルーシーがジキルとの関係の中で、最も大切にしている宝物を思って歌っているのが伝わってきます。

ルーシーにとって、ジキルとの間にあるのは、生活でも、お金でも、思い出でもない、心の繋がりーfeelという、いかにも儚いものしかない。
その切なさがMAXの部分です。

Emma:
Will his eyes reveal to me
Promises or lies?

Lucy:
But he can’t conceal from me
The love in his eyes!

エマは、「彼の瞳を見れば、約束なのか嘘なのかわかる」と言い、ルーシーは、「彼の瞳を見れば、ルーシーに対する愛を彼は隠しきれない」と歌います。
いよいよ、マウントの取り合い、いや、曲が終盤へ向けて盛り上がってきました。

ちなみにpromiseは、約束という意味ですが、将来に向けた明るい見通しのある約束というか、ポジティブなニュアンスを含む単語です。あえてここでtrue(本当の事)と言わずに、promiseを使う事で、この後に至ってもエマはやはり前向きなのを表しているのかなと思います。その前向きさが切なすぎる。グッときます。涙腺崩壊ポイントが目の前です。

Emma:
I know their every look
His eyes!

Lucy:
They’re like an open book
His eyes!

Lucy/emma:
But most of all the look
That hypnotized me!

さて、この部分は、音楽的に、この曲の中で1番「畳みかけ度」か半端ない部分です。
もう、思いが溢れて溢れて溢れちゃう。
大サビへ向けてのドラムロールのようなメロディに乗せて、2人が歌っているのは、実は前のフレーズを繰り返しているだけ。

エマは、「約束も嘘も(thier)わかってるの!」と再度語気を強めます。さっきまでかなり強気に前向きだったエマ。言ってる事は同じでも、音楽的な盛り上がりもあって、ついにここで、不安が爆発している感じもします。語気を強めた事により、約束が実は守られない、嘘になってしまうという事がいよいよ現実味を帯びてきます。

ルーシーも負けず劣らず、「彼の瞳(They)は、なにかを隠したりしてない」と畳みかけています。
open bookとは、この場合は、開いてある本という意味ではなく、秘密や隠し事がない、明白な事、というような意味の熟語です。

そして、ここで初めて2人がユニゾンで歌います。「でも、それでも彼の視線の虜なの!」と。hypnotizeは「催眠術にかける」という意味です。直訳すると「ジキルに見つめられると催眠術にかけられたみたいになる」と言う意味。もはや、自分でも常軌を逸した狂気レベルで愛してしまったと、2人揃って告白しているわけです。
ジキル、どんだけいい男なんだ!

なのに、もうジキルはほぼ消えかけているんだから、切ないったら。。。見事に涙腺崩壊しました。

Emma:
If I'm wise
I will walk away
And gladly

Lucy:
But, sadly
I'm not wise
It's hard to talk away
The mem'ries that you prize!

ここからは、いろんな解釈があるかと思います。
前のフレーズでユニゾンで歌って、またここから交互に歌うのですが、前段の部分のように、それぞれが自分の気持ちを歌っているのではなく、2人とも同じ気持ちなんじゃないかと思うのです。
立ち位置は違っても、気持ちがシンクロしているというか。
ざっと訳すとこんな感じ。

もし、私に分別があれば、上手く逃げて楽しくいられるかもしれないけど、残念ながらそんなにお利口さんじゃないの。
大切な思い出について、話すことももう無理なの。

ふたりとも、もうだいぶ力尽きてきました。
諦めの境地に、入って来たというか。

Emma:
Love is worth forgiving for!

Lucy:
Now I realize

Lucy/emma:
Everything worth living for
Is there, in his eyes!

Emma:
Love is worth forgiving for!
Now I realize

Lucy:
Now I realize

Lucy/emma:
Everything worth living for
Is there, in his eyes!

ここから、エンディングの大サビになります。
気持ちが盛り上がるので、基本のメロディは繰り返しだけど、音の動きが微妙に変化して、音楽的に超絶盛り上がってきます。
ミュージカル曲では、よくこういう事があるんです。
楽譜が元々そう書かれてる場合もあるけど、役者さんが勝手に盛り上がって歌ったのが、そのまま譜面になって、世に出回る、というケースも多々あるようです。

この部分も引き続き、2人が交互に歌ってはいますが、2人は同じ気持ちなのかなと思います。

愛することは許すこと。
今わかった!彼の瞳に映る全てのものには価値があるのね。

と、文字にすると淡々とした歌詞になってしまうのですが、曲を聴くとズシンとくるのです。
ジキルがたとえどの様な状態になっても、彼の瞳に映るもの、映し出されるものだけは信じられる、と。愛があれば、それが見えるのだから、と。

最初は、孤独で不安だらけだった2人。曲を通して、ジキルからの愛情は、もう受けられないかもしれないけれど、自分のジキルに対する愛情があれば何もかも許せる、という心境に至る。

このギリギリの状況の中で、心境の変化を歌い、しかも自問自答の末、結論まで出てる。これほどドラマチックなラブソングがあるでしょうか。
まさに、ミュージカル曲の醍醐味だなあと思います。

終わりに

『ジキルとハイド』を観たこともないくせに『In His Eyes』について書きたくなったのは、実は今、この曲をボイトレで練習していまして、アホみたい何百回と聴いているからです。
私は、まずメロディ先行で曲が頭に入ってきます。そこからさらに繰り返し聴いていくと、突然歌詞が頭に入って来るようになるのですが、歌詞が入ってきはじめたとたん、泣けて泣けて。。。

エマでも泣けるし、ルーシーでも泣ける。
どちらかと言えば、現実をクールに見ているルーシーより、前を見続けるエマのせつなさに感情移入して泣けたのですが、レッスンではどちらを歌いたいか聞かれて、ルーシーと即答しました。
なにも縋るものがないルーシーが、なりふり構わず思いを剥き出しで歌う方に、よりチャレンジを感じたからです。
感情移入しづらい方を練習しないと、練習にならないしね。

スローナンバーは誤魔化しがきかないのに、花粉症で喉がカサカサの時期にはなかなか厳しい一曲。しかも、ハモリパートは、全て高い方の音担当なので、最後の「♪In his eyeeeeeeeeees」のところは、毎回ほぼ白目です。

交差点で隣に止まった車の運転席で、この曲を熱唱しているおばさんがいたら、それは、私かも。。。
生暖かく見守って頂けたら幸いです(笑

あぁ、本当に舞台で観たい。再演お願いします。ぜひぜひ。

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