第26話 恨みの歌

李さんの子供一家か孫一家が体験した話。その家族は父親が羽振りのいい会社の経営者であるため、非常に金持ちだ。どのくらいかというと、カラオケや映画など、一般市民用の娯楽では一生かかっても使い切れないほどのお金を持っている、そんなレベルの富裕層だ。たぶん、プライベートジェットが買えるくらいの金は持っていると思う。
そんな金持ち一家がある日、パーティーを開催した。その家族と近しい人たちだけを呼んだ、かなりクローズドなイベントだった。パーティーの目玉の一つとして、その家族の父親が用意したのは、ある芸能人のコンサート。その芸能人というのが、李さんの遠縁の親戚にあたる人。日本でも大流行したK-POPのあるグループの、ある歌の上手いメンバーのことだ。顔写真を見せれば、「あっ、あのグループのメンバーだ」とわかるくらいの、有名な女性芸能人。
そのパーティーの参加者は、唸るほど金を持っている大富豪たちばかり。あらゆる娯楽を享受してきた彼らを普通の出し物で満足させることは至難の業。一家総出で知恵を絞った結果、思いついたのが「恨みの歌」。これは難易度が高く、歌うのが非常に難しいとされるそう。特に、その歌の歌詞がロシア語であることが、歌うのが困難な要因となっている。それでも李さんのその一家が一族の中から有名歌手を探すまでに至った理由、それはその歌を失敗せずにきれいに歌いきると、その人に繁栄が訪れるというもの。当然その歌に合わせて歌うこと自体が困難なので、繁栄を享受することは簡単ではない。加えて、その歌を歌っている最中、歌い手の元に「大いなる恐怖が訪れる」という言い伝えもある。しかしパーティー参加者に対するその一家の面子、そして歌によって一家が、ひょっとすると一族全体が手に入れられる繁栄のことを考えると、その歌を出し物として使う他はなかった。

パーティー当日、その芸能人が登壇したときの歓声は大きかったそう。何せその芸能人の彼女は世界規模で知名度を上げ、母国でも着実にキャリアを積み上げていたからだ。歓声は引き、コンサートの開始。会場は一気に静まり返った。その芸能人は練習の甲斐もあり、その歌をきれいに歌い切った。彼女自身、大きな手ごたえを感じていた。歌の最中、参加者たちは何も言葉を発さず、彼女一点に視線を注いでいた。それは彼女のパフォーマンスとパーティーの成功、そしてその後に訪れる李さんのその一家の繁栄を意味していた。

歌の後、会場に拍手の花火が鳴り響いた。
「すばらしいパフォーマンスだ」
「一体、どんな仕掛けだったんだ」
「あんなにすばらしいコンサートを、私は見たことがない」
賛辞の豪雨が降り注ぐ中、一人、凍りつく李さんのその一家の主。その父親が凍える恐怖に震えていた理由、それは、そのコンサートに種も仕掛けもなかったこと。

会場にいた全員が目撃者だった。その女性芸能人が歌っている最中、彼女の後ろには一人、また一人と、青白い顔をした女性たちが登壇していた。ある女には、目の周りに痣があった。別の女は全身が切り傷に覆われていた。さらに別の女に関しては顔の半分が焼け爛れており、いくつものコブが顔にでき、人のものとは思えないほど痛々しい顔の女もいた。そして彼女たち全員に共通していたのは、ひどくボロボロになった、とても汚く、粗末で、貧しい服を着ていたこと。

「恨みの歌」、それは虐待や暴力の犠牲になり、無念の思いで亡くなった女性たちの思いを綴った、悲しい歌だった。大いなる恐怖とは、亡くなった彼女たちが現れ、不幸など何も知らない者たちを、恨みの目で見つめること。

繁栄を手に入れた、李さんのその父親。
「それでも、あのとき感じた恐怖は忘れられない。今でもときどき夢に出てくる」
使い切れない富を獲得することが、必ずしも幸せとは限らない。そんな話でした。


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