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突発的にあきる野市へ(後編)~五日市憲法とだんべぇ汁


【伝説の私擬憲法「五日市憲法」を求めて】


二宮神社のある「東秋留駅」から五日市線の終点「武蔵五日市駅」までやって来た。
関東平野の端っこまでやって来た。ここからは山間部が広がっている。

武蔵五日市駅の位置

さて、ここへは「五日市憲法」を求めてやって来た。
民間人が作った私擬憲法の一つで、あきる野市の土蔵の中から発見されて有名になったものだ。

明治13年、第一回国会期成同盟が開かれ、国会開設を求める声は日に日に盛り上がった。国会ができれば運営のために憲法が必要となる。
明治10年に西南戦争を鎮圧したばかりの明治政府はまだまだ不安定で、その中での国会開設と憲法制定の動きは、国民から遅々として進まないように見えた。
政府が作らないなら自分たちが良いものを作ろう!
明治の人々はそう考えて、勝手に作り始めた。
全国各地で2000を超える私擬憲法が作られたというから驚きである。
その中でも有名なものが「五日市憲法」で、「五日市郷土館」に展示されているという。

五日市郷土館は駅から20分以上歩く必要がある

武蔵五日市駅から五日市郷土館は坂を登っていく地形になっているため、思ったより遠いなぁというイメージ。20分程度は歩く。

武蔵御嶽神社(青梅市)の大口真神(ニホンオオカミ)の御札

途中で大口真神(ニホンオオカミ)の御札が貼られている民家を見かける。
これは武蔵御嶽神社の御札だが、ニホンオオカミを神使と考える秩父の三峯神社を思い出す。

古民家が目印

古民家が見えたら、そこが「五日市郷土館」だ。

公民館のような施設で、展示スペースは広くはないがバラエティに富んでいる。

展示スペース入口

【世界の看護婦・萩原タケさん】

偉大な看護師・萩原タケさん

五日市生まれの看護婦・萩原タケさんについて説明してあった。
恥ずかしながらお名前を知らなかったが、説明を見るだけですごい方だった。

明治6年に五日市の貧しい家庭で生まれ育つも、通信教育で学問を修め、日本赤十字社の看護婦として教育を受ける。
日清戦争、明治三陸沖地震、北清事変、日露戦争、ポーランド孤児救済など負傷者がいるとどんな危険な現場でも活動している。
国際的な評価も高く、第一回フローレンス・ナイチンゲール記章を受賞した。
他者のために尽くすことを生きがいとして、財産は人のために使うため、亡くなった際に蓄えもほとんど無かったという。
貧しい家に生まれ育ったことを恨みと思わず人のために尽くす人生は本当にすごいと思う。明治という時代はこういう人が作り上げていったのだろう。

【五日市の暮らしが蘇る展示スペース】

展示スペースには昔の農具や生活用品が展示されている。
映像もあるが非常に古いものだった。

【明治のグランドデザインを描いた五日市憲法】

郷土館二階に「五日市憲法」が展示されている。
起草者は、五日市学芸講談会のメンバーの一人である千葉卓三郎とされており、全204条からなっている。
五日市憲法は民主的な内容だと説明されているが、面白いことに天皇の権限が非常に強く、国会に対しての拒否権を持っていたりする。

今でもこれほど田舎の「五日市」は、明治時代は尚の事だったのかもしれない。
そんな田舎の片隅で、日本のグランドデザインを作ってやろうという意気込みで憲法を作ろうとしていた人々がいたことに感動する。明治という時代は、人任せにせず、自分で時代を作ろうとする気概によって築かれたのだろう。

【旧市倉家住宅へ】



郷土館の隣には古民家「旧市倉家住宅」がある。

囲炉裏のある古民家で、人形の展示がされていた。

【レトロな町並みの中を阿伎留神社へ】

前に行った青梅とは少し違うが、なんだか昭和感が漂っているレトロな町並みである。

下駄屋?
「この店の名前はミヤザキ商店なのだ。伝話」と書かれた謎の店

そんな町並みの中を駅まで戻りながら「阿伎留あきる神社」へ寄ってみる。
平安時代の「延喜式」に武蔵国多摩郡8座の筆頭として記載されており、昔からこの地の重要な神社だったことがわかる。

社殿の周りは美しい森が広がっている。
外は住宅地だが、森に入れば外とは隔絶された世界が広がっている。


【むちゃくちゃ美味い「だんべぇ汁」】


駅まで戻るが、腹が減りすぎてヤバい状態に。
あまり店が見つからず、開いているのが見えた「音羽鮨」に飛び込む。

寿司とは店名にあるものの、ラーメンでもなんでも頼める店だった。
そこで「だんべぇ汁」という見慣れない名前を見つける。聞いてみると、このあたりで名物にしようとしているB級グルメだそうだ。
このあたりの語尾につく方言「だんべぇ」から来ているんだそうな。

食事と一緒に「だんべぇ汁」を頼むと、割と素朴な見た目をしていた。

だんべぇ汁

あまり期待しないで「だんべぇ汁」を食す。

うんめぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

びっくりした。正直ナメていた。今日歩き疲れていたからかもしれないが、とてつもなく美味しく感じた。
牛肉、すいとん、ごぼう、こんにゃく etc・・具沢山で滋味もあって、とっても美味しい。あっという間に食べてしまった。
正直刺し身より美味しく感じた。
あまり聞かないからそんなに普及していないのだろうが、これはオススメ。

縄文神社を求めて二宮神社へ行ったり、「ざくざくばばぁ」に行ったり、いろいろとしたが、世界で尊敬された看護婦・萩原タケさん、五日市憲法を作った明治人の気概に触れる一日となった。
やらされる仕事ではなく、主体性をもって国家を作り上げようとした人たちが、この田舎の片隅にも綺羅星の如くおられたのだ。

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