見出し画像

39 証拠を求める生徒と保護者

教師の仕事は楽しいです。でも楽な仕事ではありません。悩み多い仕事です。指導がうまくいかないこともありますし、釈然としない場面に出くわしたり、不合理なことを甘んじて受け入れなければならないこともあります。生徒や保護者の反応に戸惑うことはよくあります。自分がどう対応したらよいのか日々模索しながら生活していました。以下はその一例です。

休み時間に校舎を巡回しているときでした。3年生の男子生徒が3階のトイレの窓からバケツの水を外に撒き散らしているのを目にしました。彼はたびたび問題行動を起こす生徒でしたから担当学年ではない私も彼のことはよく知っていました。私はすぐに駆け寄って彼に注意しました。でも彼の口から出た言葉に耳を疑いました。「何もやってない」と彼は言ったのです。私は彼がバケツの水を撒き散らすのをこの目ではっきり見ています。現に彼の足元には空っぽのバケツが転がっていますし、窓のはるか下には水たまりができています。晴天続きで乾ききった地面の中でそこだけが不自然に濡れています。

私はバケツを指さして彼を問い詰めました。でも彼はしらを切り続けました。そして言いました。「証拠があるのか」と。 彼の論理では目の前のバケツも地面の水たまりも証拠にはならないのです。私はビデオで撮影していたわけではありません。そんなことをしたら大問題になります。私以外に目撃者はいません。指紋鑑定などもちろんできません。担当学年が違い直接的なつながりがない私を彼は甘く見ているのかもしれません。「女性教師」だからかもしれません。でも私としても見逃すわけにはいきません。私は彼の良心に期待するしかありませんでしたが、彼は最後までしらを切り続けました。

私はすぐに担任に報告しました。担任なら気持ちが通じているから正直に言うかもしれないという淡い期待を抱きながら。でも期待は見事に裏切られました。彼は担任にも「やっていない」と言い続けたそうです。そして私の勘違いだと言い張ったといいます。そこでも「証拠がない」を繰り返したそうです。担任は保護者にも連絡しました。けれど保護者の反応も私には衝撃的でした、連絡を受けた母親がまず口にしたのは「うちの子がやったという証拠はあるのですか」だったそうです。

わが子を信じたいという親の気持ちは私にもわかります。親自身わが子に事実を確かめることは必要です。子どもには子どもの言い分があるでしょうし、教師には言えないことも親になら話すかもしれません。さらに、やってもいないことをやったと言って教師が生徒を問い詰めるということがないわけではありません。学校にも「冤罪」はあります。学校は警察ではないの調査には限界があります。「教育的配慮」から事実ではないとわかっていてもあえて子どもの言い分を受け入れるということもあります。でもこの件に関してはそれが適切な対応とは思いませんでした。

私はその時どうすればよかったのか、今でも答えがわかりません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?