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生まれてこなかった子

ナイフを振り回す生徒のことを書いた私の記事に教師をされていた妹さんのことを伝えるコメントをくださった方がいました。ありがとうございます。妹さんは荒れた学校でも全力で生徒に向き合い、人気のある先生だったようですが、残念ながら若くして病気でお亡くなりになったとのことです。同じ時期に同じような経験をされていた先生が全国にたくさんいたのでしょう。

辛い経験ですがこんなこともありました。

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日本中に校内暴力が吹き荒れた1980年代。私が勤務する学校もその渦中にありました。授業離脱、器物破壊、生徒間暴力や対教師暴力、喫煙、飲酒、シンナー吸引などおよそ学校とは思えない状態が日常化していました。

そんな中である日、掃除の時間に体育館脇を通りかかった私は非常階段にいる二人の男子生徒を見つけました。私が担当する学年の生徒ではありませんが、彼らがその場所にいるべきでないことはわかります。そこは掃除区域ではありません。

「そんなところで何してるの。掃除場所に行きなさい」私は二人に声をかけました。でも様子が何となく変です。一人がちらっと私を見ました。目が少し血走っているように見えました。「シンナーかな」と私は思いました。

二人に近づこうと私は非常階段に足をかけました。担当する生徒でないからといって見過ごすわけにはいきません。「来(く)んなよ」一人が言いました。私が近づこうとすると彼は突然私の横をすり抜けて階段を駆け下りました。彼のからだが私にぶつかり私は階段から落ちそうになりました。でも何とか手すりを掴んで転がり落ちるのを防ぎました。けれどもふらついた拍子に階段を数段踏み外しました。

その時男性教師の姿が見えました。彼らを担任する教師です。掃除場所にいない二人を探していたようです。一人はすでに走り去っていましたが、もう一人は階段の上にいます。「掃除場所にもどれ」教師はそう言って階段をのぼり、しゃがみこんでいる生徒を連れて行こうとしました。生徒は抵抗して暴れましたが、男性教師の力には叶わず、引きずられるようにして連れて行かれました。私はそのあと職員室に戻りました。彼らはやはりシンナーを吸っていたようです。

その晩私は身体に異常を感じました。翌朝一番で病院に行きましたが。。。  流産しました。数日前に妊娠を告げられたばかりだったのですが。そのとき「おめでとうございます」と笑顔で言ってく入れた医師の顔がその日は涙で曇って見えました。

流産の原因はわかりません。階段で足を滑らせたことが原因かもしれませんが証拠はありません。生徒への対応が何らかの引き金になったのかもしれませんがこれも立証できません。もしかしたら私の授かった子は生まれることができない弱い子だったのかもしれません。私は自分にそう言い聞かせました。

妊娠していたのにシンナーを吸っている生徒に対応したのがいけなかったのでしょうか。他の教師を呼びに行くべきだったのでしょうか。子どもをつくるような環境ではない中で妊娠したのがいけなかったのでしょうか。現に「こんな中では子どもなんかつくれない」と言って子どもをあきらめた同僚もいました。40年近く前のことですが、生まれてきていたらどんな子だったのかと今でも思うことがあります。

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