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とある猫の個人的な思い出(2)

~突然の屋移り~

それは雪の降る寒い日だった。奥羽の山々を越えた雲から降りては止み降りては止み、する夕方に、突然、黒いバイクがやってきた。
見たところ五十過ぎのおやじだ。がっしりして、黒縁のメガネをかけている。
茶の間に上がり込み、牛乳屋のせがれと何やら話している。すると、どうやら私を見て手を伸ばしてくるようだ。
こんなおやじ知らないぞ、牛のにおいもしないし。と思っていたら、私を自分の懐にしまい込んだ。
母親は心配そうに鳴いているがおやじはお構いなしだ。牛乳屋に軽く挨拶するとバイクに跨りエンジンをかけた。
どうにかして抜け出そうと顔を出すと、おやじは手ぬぐいを顔に巻くところだった。
どうやらバイクも冬装備らしい。両手を覆うカバーに、腰から下を覆う頑丈なひざ掛けのようなものまでつけてある。
どうでもよいがこのおやじ、どこまでも黒いな。黒縁メガネに黒いバイク、そして黒い頑丈なひざ掛けのようなもの。いい歳なのに真っ黒な髪。白髪の一本もない。

私は今度こそおやじの懐深くにしまい込まれた。何も見えないまま、エンジンと積もった雪道を走るタイヤの音だけが聞こえてくる。
寒くはなかった。そのかわり、牛の声がしなくなり母親の気配も感じられなくなった。
生まれて間もない私には何が起きているのかわからなかったが、むしろ怖さや不安を感じるほど成長もしていなかった。

五分ほどするとバイクが止まり、牛乳屋の家とは違う引き戸の音がした。
牛乳屋は木の引き戸で開け閉めが重たかったが、ここはガラガラと鳴る。重たくはないようだ。

急に視界が明るくなり、上がり框でおやじの懐から解放された私は、これまでの牛乳屋とは全く様子が異なるところにいた。そしてそこにはおばんつぁん(おやじのご内儀)と、これから深くかかわることになる「少年」がいた。
(つづく)






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