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とある猫の個人的な思い出(3)

~無我夢中~

新しい家に突然放り込まれて、私はひたすらミーミーと鳴いた。
少年は私を見るなり、「なんだこれ!」と言って近寄ってきた。
おばんつぁんは「なんとまあ小さいこと!」という意味の方言を発したようだった。

目に入るものすべてが初めてのものばかり。しかも少年の掌は私がすっぽり収まるのにちょうどぴったりだ。私はとりあえず目の前で動く少年の手と取っ組み合いを始めた。
少年はこの遊びが楽しいようだ、しばらく付き合ってやることにした。

とにかく夢中だった。遊び始めるとここがどこで母親がどこにいるのか、お腹がすいているどうかも気にならなくなった。
おやじも少年もしきりに前足を出してくる。人間の世界では、手というらしい。
代わる代わる目の前に現れる敵の姿、不規則に動き消えたり出てきたりするものを追い回すのに必死になった。こりゃあ牛たちよりも相当早いぞ。負けるものか。
そして初めて20分くらい経ったある瞬間、私は急に動かなくなった。

どうやら私は、目まぐるしく動き回りながら突然、丸くなって眠りだしたようだ。いわゆる電池切れというやつらしい。

目が覚めると数時間経っていた。
お腹すいたのでミーミー鳴いたら牛乳が皿に出てきた。
あれ、この瓶のにおいはいつものあの牛たちのだ。ということは、別な家に来たのかと思ったけれど実はもと居たところと同じなのかもしれない。そうなら姿は見えないけれど母もそこらへんで寝ているのかも。
牛乳を飲んだらまた眠たくなった。どこで眠るかを探そうとしていたら、おやじが自分の布団に連れて行くらしい。このコタツ布団でも良いけどな、さっきは寝心地がよかったぞ。母と一緒が良いけど、寒くないならまあいいか。

こんな感じで、新しい家に貰われてきた初日は過ぎた。知らない場所のようだけれど、なにか不思議と落ち着くところだ。母も牛たちも近くにいるようだし寂しい感じもあまりしない。なにより、このおやじと少年はいっぱい遊んでくれそうだ。明日もまた取っ組み合いできるかな。
(つづく)

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