深海に漂う③

思っていたよりも力強く引っ張り上げられ、長く座っていた身体がバランスを崩す。
私を抱きとめたその人は、もう一方の手で私の頭をポンポンと軽く叩いて「大丈夫。」と呟く。
いつも、私が春姫にしていた行動だ。
一瞬間があった後、バフッとタオルが押しつけられた。
その行動で、私は自分が泣いていた事に気付いた。恥ずかしい。自分でも引く位に、ただ涙が流れている。
止まりそうにもない。顔に押しあてたタオルの、柔軟剤と潮風が混じった匂いを感じながら暫く泣いていた。
どれ位そうしていたんだろう。
その間、立ち尽くしたように肩を貸してくれた。
そして、私が頭を上げたタイミングで「行こうか。」と、何も聞かず歩き出す。
ついて行く事に、何故か不安はなかった。離されないように、小走りになりながら追いかける。お呼ばれドレスが足にまとわりついて歩きにくい。

漁港入口の赤暖簾をくぐって、
「あつ、いつものお願い。」と声を掛けた先は、ガタイの良い(海辺だけど)山男みたいな、でも笑顔が子供っぽい人だった。
「環、また、拾ってきた?今回は、女の子かぁ。」と笑う。
そしてコッチを向いて、
「お腹減ってる?食べたい物ある?好き嫌いは?お酒呑める?」と矢継ぎ早の質問。「あ、きっと何も説明してないよね。僕はあつしで、コイツは環。幼馴染の腐れ縁なの。ゆっくりしてってね。」

本当に美味しかった。
それだけじゃなく、誰かと一緒に食べるご飯は、やっぱり美味しい。
隣で黙々と食べる環さんと、ニコニコとお酒を注いでくれるあつしさんの作り出す優しい雰囲気が心地よくて随分と呑んだ。…と思う。
気がついたら、知らない部屋で寝ていた。

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