二月大歌舞伎第二部《船弁慶》歌詞

『船弁慶』の長唄の歌詞を書いておきます。これを参考に二月の第二部をご覧ください。


〽今日思い立つ旅衣 今日思いたつ旅衣 帰洛を何時と定めん
「かように候う者は 西塔の傍に住まいする 武蔵坊弁慶にて候う さても我君判官殿は 頼朝の御代官として平家を亡ぼしたまい 御兄弟の御仲日月の如くに御座候うべきを 言いがいなき者の讒言により 御仲違はれ候うこと 返すがえすも口惜しき次第にて候う しかれども我君親兄の礼を重んじたまい ひとまず都を御開きあって 西国の方へ御下向あり 御身に過なき通りを 御嘆きあるべき為に 今日夜をこめ淀より御船に召され 津の国尼が崎大物の浦へと急ぎ候う」

頃は文治の初つ方 頼朝義経不会の由 既に落居し力なく 判官都をおちこちの 道遙かなる西国へ まだ夜深くも雲井の月 出ずるも惜しき都の名残 ひと年平家追討の 都出には引きかえて 唯十余人すごすごと さも疎からぬ友船の 上り下るや雲水の 身は定めなき習いかな
 
世の中の人は何とも石清水 人は何ともいわ清水 澄み濁るをば神ぞ知るらんと 高き御影を伏拝み 行けば程なく旅心 潮も浪も共に退く 大物の浦に着きにけり
「いかに申し上げ候う」
「恐れ多き申事にて候えども 静を御供にては今の折節何とやらん似合わぬ様に候えば これより都に御帰しあれかしと存じ候う 兎も角も弁慶はからい候え」
「畏って候う」
「いかに静殿 御心の中察し申して候 さりながら 世の人口もいかがにつき これより都へ御帰りあれとの仰せにて候う」
静は君の御別れ 遣る方なさにかき暮れて 涙にむせぶばかりなり
判官哀れと見給いて
「まことにこのたび思わずも 落人となり下る身を これまで遙々慕い来る志 返すがえすも神妙なりさりながら 遙々波濤を凌ぎ下らんこと然るべからず まずこのたびは都へ上り 時節を待て」
との御言葉 弁慶共に慰めて 唯人口を思すなり 御心変るとな思し召そ
いや兎に角に数ならぬ 身には恨みもなけれども それは舟路の門出なるに 浪風も静を止め給うかと 涙を流し木綿四手の 神かけて変らじと 契りし事も定めなや 実や別れより勝りて惜しき命かな 君に再び逢わんとぞ思う
「いかに弁慶 静に酒をすすめ候え」
「畏って候う」
げにげにこれは御門出の 行末千代ぞと菊の盃 静にこそすすめけれ 旅の舟路の門出の和歌 これに烏帽子の候 召され候いて唯 ひと奏と勧むれば 立ち舞ふべくもあらぬ身の 袖打ちふるも恥かしや 伝え聞く 陶朱公は勾践を伴い 会稽山に籠り居て 種々の智略を廻らして 終に呉王をほろぼして 勾践の本意を達すとかや 功成り名遂げて身退くは 天の道と小船に棹さして 五湖に楽しむ

かかる事しも有明の 月の都を振り捨てて 西海の波濤に赴き 御身の科のなきよしを 嘆き給わば頼朝も 終にはなびく青柳の 枝を連ぬる御契り などかは朽ちし果つべき 唯たのめ 
唯たのめ しめじが原のさしも草 我れ世の中にあらん限りは かく尊詠の偽りなくば やがて御代に出船の 船子共はや纜をとくとくと勧め申せば 判官も 旅の宿りを出で給えば 静は泣く泣く 烏帽子直衣脱ぎ捨て 涙に咽ぶ御別れ 見る目もいとど哀れなり 急ぎ御船を出だすべしと 立ち騒ぎつつ舟子共 えいやえいや えいやえいやという潮に 連れて船をぞ出だしける
「あら笑止や風が変って候う」
「あの武庫山颪弓弦羽が嶽より吹き下す 嵐にこの船陸地に着くべき様もなし 皆々心中に御祈念候え」
「いかに武蔵殿 この船にはあやかしがつきて候う」
「ああ暫く 左様の事をば船中にては申さぬ事にて候う」
あら不思議や海上を見れば 西国にて滅びし平家の一門 各々浮び出でたるぞや かかる時節を窺いて 恨みをなすも理なり
「如何に弁慶」
「御前に候う」
「今更驚くべからず たとえ悪霊恨みをなすとも そも何事の有るべきぞ 悪逆無道のそのつもり 神明仏陀の冥感に背き 天命に沈みし平家の一類 主上を初め奉り 一門の月卿雲霞の如く 浪に浮びて見えたるぞや」
「そもそもこれは 桓武天皇九代の後胤 平の知盛幽霊なり あら珍らしや如何に義経」
思いも寄らぬ浦浪の 声をしるべに出船の 声をしるべに出船の 知盛が沈みしその有様に 又義経をも海に沈めんと 夕波に浮べる長刀取直し 巴波の紋 あたりを払い 潮を蹴立てて悪風を吹きかけ 眼も眩み 心も乱れて 前後を忘ずるばかりなり
その時義経少しも騒がず その時義経少しも騒がず 打物抜き持ちうつつの人に 向うが如く 言葉を交わし戦い給えば 弁慶押し隔て 打物業にてかなうまじと 数珠さらさらと押揉んで 東方降三世 南方軍荼利夜叉 西方大威徳 北方金剛夜叉明王 中央大聖不動明王の 索にかけて祈り祈られ 悪霊次第に遠ざかれば 弁慶舟子に力を合わせ 
御船を漕ぎ退け汀に寄すれば なお怨霊は慕い来るを 追い払い祈り退け 又退く汐に揺られ流れ また退く潮にゆられ流れて 跡白浪とぞなりにける

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