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博打の子

 ギャンブルを初めて経験したのは十歳の頃だ。当時、お盆や正月になると近所に住む親戚達が家にやってきては昼から飲み始めて騒ぎだし、夜になると反対に静まった。そして彼らは離れの一室に集まり、卓を囲んだ。互いに険しい顔を向けあい、昼間のどんちゃん騒ぎなどなかったかのように場の空気が張り詰めていた。普段は温和な父が真剣な表情を浮かべて牌を握り、母はいつもよりも気性を荒くして点棒を卓の中央に放り投げ、リーチやカンなど聞き慣れない言葉を口にしていた。

 私は母に何をしているのかと尋ねてみたが、彼女はハエでも払う仕草で手を振り、代わりに父に尋ねてみたが彼も同じような扱いをする始末だった。私はその部屋の隅で大人たちの張り詰めた表情を眺めながらじっと本を読んでいた。

「おい、ぼん。こっちに来い」

 声をかけてきたのは叔父だった。角刈り頭で頬に傷がある叔父は隣室から手招きをしている。私は彼の元に行き、父や母たちが何をしているのか、と尋ねてみた。

「あれは麻雀や。ぼんにも分かるように言うたら自分の考えが正しいことを証明する遊びや」

 自分の考えが正しいことを証明する遊び。それが意味するものを普段私が興じる遊びに当てはめてみたが、そんなものはなかった。叔父に私もその遊びをしてみたい、と言うと彼は困った顔をした。腕を組み、瞑目して唸り、指を鳴らした。

「ぼんでも遊べるやつあるわ。教えたるから貯金箱を持ってきや」

 私は言われたとおり、自室から豚の貯金箱を持ってきた。中には正月にもらったばかりのお年玉が手をつけずに入っている。叔父は座布団を敷き、腰を下ろしてトランプを混ぜていた。

「いいか。この遊びは面白いけど痛い目も見るんやで。それでもいいならやったるわ」

 構わないと私は言い、叔父と向かい合った。

「いい根性や。まずは練習や」

 叔父が座布団の上に表を向けたカードを一枚置いた。それはスペードの三だった。二枚目は伏せて自身の前に置いた。

「この遊びの勝利条件はカードの合計数の一の位を競うもんで、これからまたカードを配っていき、そんで合計数が九に近いほど強いんや」

 私が肯くと、叔父がカードを裏にして配ってくれた。カードをめくって見るとハートの五だった。

「カードの合計数を見て、まだ欲しかったらもう一枚配れる。どうするぼん?」

 私は首を振った。

「ええ数字なんやな」

 叔父は自分の手札を覗き、もう一枚カードを加えた。

「じゃあ、互いに見せるで」

 私は伏せていたカードを表に向けた。叔父は片手で額を叩いた。叔父のカードはハートの六に、三つ葉の六、そしてハートの十だった。

「ぼん、お前持ってるな」

 叔父は傷だらけの手で私を撫でてくれた。

「じゃあ、今度から真剣勝負や。どれだけの額を賭けるかはぼんの自由やからな」

 叔父がトランプを混ぜ始め、またカードを配った。私は豚の貯金箱の蓋を開けて、紙幣をつまみ出した。


 紙幣の詰まった貯金箱を振ると紙の擦れる音が聞こえる。しかし、勝負を重ねていくごとにその音が心もとないものに変わっていった。

「ぼん、このままやとお年玉なくなるで。もうよしたほうがええんとちゃうか」

 叔父は最初から勝ち続けていた。勝ち取った紙幣が彼の胸ポケットから顔を出している。その金は元々私のもので、ゲームソフトを買うために使おうと思っていた。しかし、返してくれと言っても遊びに参加した以上、そんなことができないことは分かっていた。取り戻すには叔父に勝つ以外の方法はなかった。

「もう一回」

「ぼんも姉ちゃんと同じ遊び好きの血が入っているな」

 叔父がカードを配っていき、私はまたカードをめくった。ハートの十とスペードの十だった。

「どうするぼん。俺はこれでいいで」

 私はカードをもう一枚要求し、そして貯金箱を置いた。

「どういう意味や」カードを配ろうとする叔父の手が止まった。「まさか全部か」

 私は肯いた。叔父が腹を抱えて笑い、いい根性をしてる、と言った。

「ええ数字が出るといいな」

 叔父が配ったカードは三つ葉の十だった。その数字を見たとき、私はがくりと肩を落とした。叔父が自分のカードを表に向けた。ハートの二とダイヤの七だった。

「で、ぼんのカードはなんや」

 愕然としていた私はカードをめくる気力もなかった。逆立ちしても勝てない数字を見せても仕方がなかった。

「なにもったいぶってんねん」と言い、かわりに叔父がカードをめくった。「嵐やん。ぼんの勝ちや」

 叔父の言葉に私は耳を疑った。

「勝ち? 本当に?」

「ああ、嘘ちゃう。ぼんの勝ちや。教えてなかったけど、同じ数字が三つ揃うと『嵐』っていう役やねん。そうなったら俺がぼんの賭け金の三倍を払わなあかんねん」

 私は貯金箱の蓋を開けて中身を取り出した。一万円札の紙幣が三枚、五千円札が一枚。そして千円札の紙幣が四枚残っている。簡単なかけ算だったが、偶然の勝利と子どもの身に合わない金額が頭を混乱させ、さっぱり答えが出てこない。

「土壇場の逆転力はほんまに姉ちゃん譲りやな。恐れ入ったで」

 叔父は自分の財布から一万円札を十二枚抜き取り、私の手元に置いた。見たこともない金額を目にして、私は手をつけることに躊躇した。

「少し多いけど、それはぼんの勝利記念や。そろそろ場も閉じる時間やから勝負はこれまでやで」

 叔父が隣室に目を向けると、母の高笑いが聞こえてきた。普段耳にする母の笑い声とは違う。その意味することは自分の考えを証明する遊びに彼女が勝ったという知らせであった。


 それから叔父とまた勝負をすると約束をしたのだが、それが果たされることはなかった。両親が離婚することになったからだ。私は父に引き取られ、新しい女性を母親と呼ぶことになった。新しい母は決して悪い人ではなく、とても優しい女性だった。家事や仕事で忙しくても私の話に耳を傾け、よい助言を与えてくれる人だった。前の母は常に苛々としていて、気安く話せる人ではなかった。

 以前の暮らしと比べるとかなり安定した環境だったと思う。しかしあれ以来に親戚一同が集まることはなかった。叔父に会うこともなくなり、卓を囲むこともなくなった。父も足を洗って、堅気の生活を始めた。

 しかし私にとっては残念なことだった。あの張り詰めた空気と真剣な表情をした大人たちの姿を目にする機会がなくなり、そして私の身体を昂らせ、血が逆流する体験を奪ってしまったからだ。

 あの感覚を私はもう一度味わいたかった。蜂が蜜を吸うようにあの空気の中にこの身を投じたかった。歳を取り、合法的にパチンコやスロットを打つことができるようになったが、あの空気とは雲泥の差がある。耳をつんづくだけの騒音の中、台と向き合いレバーに手を置いておくことにどうしても面白みを見出せない。大学の友人たちが授業をサボり、朝から店の前に並び、夕方にはワンカップ瓶を片手に愚痴を言い合う姿にもパチンコやスロットから遠ざかる要因の一つにもなった。

 このまま大学でつまらない授業を聞き、つまらない社会人になるのだろうとぼんやりとした気分で構内を歩いていると、乗馬サークルの催し物が目に入った。呼び込みをしていた小柄な女性が私にチラシを渡してくれた。そこには「人と馬の歴史」の一文が載ってあった。あまり人が入っていないようだったので、私はチラシを持ち、催し物が開かれている会場へと足を向けた。


 人と馬の歴史は長く、判明しているだけでも四千年前から人は馬を家畜化していた。その用途は農耕馬から荷馬に軍用馬、食用の肉などととても幅広く活用している。近代社会が到来するまで馬はもっぱら交通用として扱われ、道に散らばった糞を片付ける専用の清掃業者までいた。

 私は古代から現代の順に並べられたパネルに目を通し、一人相槌を打ちゆっくりと足を進めた。次の展示物は日本での競馬と題したものだった。

 元々競馬は武術の研鑽を目的として始まり、時代が貴族社会に移るとその意味は神事などの行事となり、そして娯楽へと変わっていった。黒船来航まで古式競馬が日本では主流だったが、それ以降は近代競馬に変わり、幾度かの制度改正が起こって今に至る。

 人は馬を家畜化した頃から競い合っていたのだと知り、私は驚いた。口を開けて、嘆息をつき、馬を競い合わせ、手を振り上げる人々の姿を思い浮かべた。人々は各々の馬の名前を呼び、声援を送っている。熱狂する人々の空気はあの卓を囲む大人たちとダブって見えた。

 私はこれだと思った。


 次の週末、私は初めて競馬場に行った。競馬場といえば耳に赤鉛筆を挟み、競馬新聞を睨んで殺気だった中年たちが幅を利かせているものだと思っていたが、いざ中に足を踏み入れてみると全く違っていた。多くのカップルや家族連れが来場し、和やかな空気が漂っていた。飲食ブースには各競走馬出身の名産品が売られ、カウンターには長蛇の列ができている。乗馬体験ができるイベントブースもあり、子どもが乗馬用のヘルメットを被り、手綱を握っていたが、その表情はとても楽しそうであった。乗せている馬も人に慣れている様子で、柵の外で見守っている子どもの両親たちも心配などしていなさそうだった。

 週末のショッピングモールのような雰囲気が漂うイベントブースを抜けて、私は馬券売り場に向かった。

 私は窓口で一番人気の馬を単勝で買った。レース開始のアナウンスが鳴り、スタンドへ駆けてゆき、最前列で観戦した。スタート地点にずらりと並ぶ馬たちの表情は険しかった。乗馬ブースで見た馬とは全く違う。馬たちはまさに真剣な面構えで、今か今かとスタートの合図を待っている。それは私が子どもの頃、あの卓を囲んでいた大人たちの表情にも似ていた。あの時の感覚を思い出すと身体が内側から熱くなってきた。私は息を殺してスタートの合図を待った。

 ピストルを持った係員が上空に向けて発砲すると一気に馬たちが駆け出した。

 周りにいた観客たちも一斉に声を上げ始めた。各々が賭けた馬の名前を叫び、必死に腕を振った。タオルを振り回して応援する観客もいた。

 馬たちは観客の応援をバックに芝を駆けていく。四本の力強い脚で大地を蹴り、芝を裏返していく。騎手たちが鞭を打つと馬たちがより早く駆け出していった。

 コースを半分過ぎると、三頭の馬が一気にグループを抜け出した。私が賭けた馬もいた。周りにいた観客たちの声がより大きくなっていく。私は馬券を握りしめ、腹から出せるだけの声を出した。

 三頭の馬は横一列に並び、最終コーナを曲がった。あとはゴールまでの直線コースを残すだけだ。

 刺せ!

 まくれ!

 観客たちの応援がスタンドから溢れ出てくる。私の応援もその一部の中にあった。

 一番人気の馬が、私が賭けた馬がグループから抜け出した。半馬身、一馬身と後続と距離を空けてゆく。

 私は勝利を確信した。もっと多めに賭けておけばよかったと後悔する余裕すらあった。だが、後方から黒い毛をした馬が駆け上がってきた。騎手が鞭を叩くたびにその黒い馬はその大きくて力強い脚で大地を蹴った。トップグループに追いつき、すぐに追い越し、私が賭けた馬に並び、そして鼻先一寸の差でゴールした。後続の馬たちも続々と戻ってきた。

 スタンドから盛大な拍手と歓声があがり、そして投げ捨てられた馬券が宙を舞っていた。


 私はもう一度馬券売り場に向かい、次のレースの馬券を買った。勝負は負けてしまったが、心が昂っていた。スタンド場内での観客たちの盛り上がり。馬たちの力強くも美しい走り。そしてゴール直前の競い合いが私の心を掴んだ。人と馬の歴史は長い。人は馬と共に生きることを始めたときから互いの馬を競い合わせていた。それは歴史という名の批評に耐えて今に至る。それだけ競馬には奥深い魅力が詰まっている。麻雀やトランプも一緒だ。長い間多くの人々に親しまれたからこそ今に残っている。

 ギャンブルをするには戦略と洞察力が必須だが、競馬はその最もたる代表例だと思う。今回のレースで私はただ一番人気の馬を買った。自ら情報を収集し、分析する手間を惜しんだために負けに繋がった。かつて叔父が言っていた「自分の考えを証明するための遊び」をどこかで忘れていたのだろう。

 私は財布の中身を確認した。遊ぶ金は十分にある。そして学ぶ意志もある。しっかりとこの遊びにどっぷりと浸かろう。

 次のレース開始を知らせるアナウンスが鳴った。私は馬券を握りしめ、スタンドへ向かった。



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